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カッコいい引退はできないので……。
世界戦TKO負け、八重樫東の不屈。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byNaoki Nishimura/AFLO SPORT
posted2019/12/26 19:00
ムザラネの勝利のアナウンスを背中に、リング上にひとり立つ八重樫東。
「カッコよく引退できるボクサーじゃない」
ムザラネ戦を前に、八重樫は「挑戦者という立場が自分に合っている」と繰り返した。また悪魔のささやきを聞いたような気がした。
もうダメだと言われると、やってやろうと奮い立つ。
チャレンジャーであることに居心地のよさを感じる。
共通しているのは、そのメンタル構造には終わりがないということだ。厳しい状況に追い込まれたときほど復帰を後押しする思考法が、八重樫には染みついている。
だから、「八重樫もさすがに最後」とのムードが漂う今回の敗戦も、どんな結論にたどり着くかはわからない。
とはいえ、いつか来る終わりのときから目を背けているわけではない。幕の閉じ方について、こんな話をしていた。
「どんなふうになっても、転んで(負けて)ゴールすると思う。ぼくは(3階級制覇を最後に引退した)長谷川穂積さんみたいにカッコよく引退できるボクサーじゃないので。そうしないと、自分自身、ゴールテープを切れないんじゃないかな、と」
「人に言い訳できないくらい完膚なき負けを経験したときはもう、それこそ自分が納得するところだと思います」
結論を出せるのは八重樫本人だけ。
もろさを否定するために復帰した八重樫は、ムザラネとの我慢比べに負けた。同じ言い訳は2度は使えないから、絞り出せる言葉はどんどん減っていく。
会見では、「いまの状態では何も言えないかもしれないけど、そういうこと(進退について)を考えなきゃいけない実感もある」と語っていた。
再び立ち上がるための「言い訳」が、八重樫の中にはまだ残っているのだろうか。おそらく長期戦になるであろう綱引きは、どちらに軍配が上がるだろうか。
結論を出す権利を、八重樫は持っている。それは、度重なる激闘の勲章として与えられたものであり、誰も奪うことはできない。
ほかの誰でもなく、八重樫自身が発する言葉を、ただ待つだけだ。