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カッコいい引退はできないので……。
世界戦TKO負け、八重樫東の不屈。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byNaoki Nishimura/AFLO SPORT
posted2019/12/26 19:00
ムザラネの勝利のアナウンスを背中に、リング上にひとり立つ八重樫東。
「ぼくが我慢する予定だったんですけど……」
第8ラウンド、左ボディを機に攻め込まれて腰を落とした場面も、その前にもらっていた右に「気が向いていた」と分析した。
劣勢を強いられながら手を出し、局面の打開を試みたが、顔色を一切変えないムザラネにマシンのごとく攻め込まれる。第9ラウンド終盤、セコンドについていた大橋ジムの大橋秀行会長がいまにもリングに飛び出しそうになり、制止される。その直後、レフェリーはストップを決断した。
「負けちゃいました、我慢比べ。ほんとはぼくが我慢する予定だったんですけど……気合いが足りなかったですね」
八重樫は完敗を認めた。
「そういう人たちを黙らせるため」の再起。
遡ること2カ月、10月に話を聞く機会があった。進退に関する話題で言葉を交わした。
ムザラネ戦を除いても6つの負けを記録している36歳のプロボクサーが引退の瀬戸際に立たされたのは、一度や二度のことではない。そのたびに戦う理由を見つけてはリングに帰ってきた。
いや、より的確な表現としては「まだ辞められない言い訳や屁理屈をひねり出して」リングに帰ってきた。
最大の危機は2017年5月、1ラウンドKO負けしたミラン・メリンド戦だ。「打たれもろくなっている」との評にさらされた八重樫は「そういう人たちを黙らせるために」再起を決めた。
「『あいつはもうダメだ』って言われたら『うるせえよ』ってなるんです。逆に『次は八重樫が絶対に勝つよ』と言われる試合ほど不安なものはない。そういうふうに生きてきたので」
筆者が「こじらせてますね」と相槌を打つと、八重樫は「はい、だいぶやっちゃってます」と笑っていた。