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カッコいい引退はできないので……。
世界戦TKO負け、八重樫東の不屈。
posted2019/12/26 19:00
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph by
Naoki Nishimura/AFLO SPORT
12月23日、横浜アリーナ。セミファイナルに登場し、4度目の世界王座獲得をもくろんだ八重樫東は負けた。
窮地に立った第9ラウンドをなんとかしのぎ切るかと思われた2分54秒、レフェリーが試合を止めた。パンチを繰り出し戦う姿勢を見せていた挑戦者は数秒間、呆然としたあと、抱きついてきたレフェリーの首元に顔をうずめた。
終わってみれば、王者の強さが際立った試合だった。IBF世界フライ級チャンピオンのモルティ・ムザラネは、2008年11月のノニト・ドネア戦で負傷判定負けを喫して以来、10年以上負けていない。37歳のいまも、加齢による衰えはまるで見えない。
八重樫は時に勝利の可能性を感じさせる局面をつくりながら、難攻不落、堅牢な城のごとき王者の壁を打ち崩すことはできなかった。
対策ポイントから漏れていた右ストレート。
展開上の節目のひとつは、第4ラウンドだった。それまで足を使っていた八重樫が、打ち合いに踏み切った。だが、ファイトスタイルの変更を機に強打を的確に打ち込み始めたのはムザラネのほうだった。
顔面に拳を受け、残り時間が1分ほどになったとき、八重樫が両のグローブを目の前でパチンと合わせる。
挑戦者は、戦前から「我慢比べになる」と予想していた。さあ、ここからだ。その仕草は、闘志を一段上へ高めるスイッチであり、自身への鼓舞に見えた。
敗戦後の控室で数十台のICレコーダーを差し向けられた八重樫は、言った。
「(ムザラネの)プレッシャーがかかってきて、(足を使う戦い方で)最後まではいかないと思っていました。どこかで入らなきゃいけない、と。いい入りだったのかなと思う。予想以上に(激しく打ち合う)コリアンスタイル的なものを嫌がっているようにも思えた。そこをもっとしつこくやっていけば、いけるかなっていうのはちょっとあったんですけど……」
誤算として挙げたのは、ムザラネの右ストレート。対策すべきポイントからは漏れていたという。