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<「2019世界柔道」直前インタビュー vol.4>
未来を背負う気鋭たち。
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/07/18 11:00
左から、女子57kg級・芳田司(コマツ)、女子48kg級・渡名喜風南(パーク24)、男子81kg級・藤原崇太郎(日本体育大学3年)、男子90kg級・向翔一郎(ALSOK)。
初めて「個」で挑む向翔一郎。
向翔一郎は初めて勝った畳の上で泣いた。
2019世界柔道の最終選考会だった4月の体重別選手権。2月の国際大会で敗れていた長澤憲大に雪辱を果たして男子90kg級を制覇。その瞬間に畳に膝をつき、両手で顔を覆った。
「もうあとがないと思って、練習もどうしたらいいんだろうと迷った時期があった。その時にいろんな先生や後輩の付き人が支えてくれて、今回勝てたのは本当に自分だけの力じゃないと思った。普段は負けて得るものの方が多いけど、あの大会は勝って得るものの方が多かった」
世界柔道は昨年の団体戦メンバーとして金メダルを獲得しているが、初めて個人での出場をもぎ取った。余計な寄り道があったからこそ、向は感慨がひとしおだった。
日大4年時の2017年、選抜体重別で初優勝を飾るなど着々とトップ選手へと成長していく過程で落とし穴があった。夏の帰省後のチーム集合日に遅刻し、監督から柔道部への出入り禁止処分を受けたのである。一度だけでなく、それまでの行状があったからこその処分だった。自業自得の苦境にあって、周囲が練習場所を提供し、柔道部復帰への後押しもしてくれたことで向は柔道家として生き延びることができた。
「あれは自分の考えの甘さでしかなかった。同級生だけじゃなくて、後輩や両親、いろいろな人が助けてくれた」
富山から上京して名門私塾・講堂学舎に入ったときも、2年経たないうちに厳しい寮生活に音を上げて地元に帰った経験があった。
「あの時も単純に自分が甘かった。環境に耐えられなくて逃げ出した。そういういろんなことがあったからこそ、本当に支えてもらっているなと感じますよね」
歩くべき道を見つけた『異端』。
その後、2018年2月に出場したグランドスラム・パリでワールドツアー初優勝を飾った向だが、決勝で勝ち名乗りを受けた後に相手がケガしていることに気づくと、肩を貸して相手コーナーまで送り届けた。紳士的な行為に称賛の声が沸き上がった。そうした行動ができるようになったのも向という人間の成熟の証と言えるかもしれない。
奔放な性格はプラスに働けば、従来の常識にとらわれない発想も生み出す。治療院で知り合ったキックボクサーとの縁で約1年前からジムに通い始め、今ではキックボクシングの動きもかなり堂に入っている。
「柔道を型にはめないようにしたくてキックを始めた。キックってすごくいろんな動きがあるし、それを柔道につなげる方法もみんなが考えてくれているんです」
相手を追い込むフットワークや打撃を放つタイミング、素早いジャブの手さばきなどをすべて柔道の中に生かしている。
そうした取り組みや軌道を外れたキャリアによって『異端』と紹介されることも多いが、向は気にしていない。
「人とは違う何かを持っているってことは悪いことじゃないですよね。むしろそういう風に取り上げてもらってありがたい」
一度道を外れかけたからこそ歩くべき真ん中が分かる。落ち着いた向の笑顔はそう語っているようだった。