Sports Graphic Number SpecialBACK NUMBER

<私はそこにいた!>
アイネスフウジン「ナカノコールの残響」

posted2019/05/21 15:00

 
<私はそこにいた!>アイネスフウジン「ナカノコールの残響」<Number Web> photograph by AFLO

text by

江面弘也

江面弘也Koya Ezura

PROFILE

photograph by

AFLO

日本競馬史上初めて、勝利騎手を称える大合唱が沸き起こった1990年の府中のスタンド。当時のブームを象徴するかのような伝説のコールは、どのようにして起こり、どう時代を変えていったのか。

 アイネスフウジンの中野栄治を称えるコールは突然はじまった。スタンド1階のゴール付近でおきたコールは波紋のように広がり、スタンドを覆っていった。ダービーに乗っていた騎手たちに聞くと、その声は地下の検量室まできこえてきたという。

 前代未聞の、何十年も競馬を見てきた人たちもはじめて目にする光景だった。

 1990年5月27日、第57回日本ダービー。この日、東京競馬場の入場者は19万6517人を数えた。現在も残る、史上最多入場者記録である。

 それにしてもすごい人だなあ――。奥平真治厩舎の厩務員、小島浩三(ひろみ)は黒山の人だかりのスタンドを見ながら思った。内馬場も客であふれている。

 小島が担当するメジロライアンは1番人気。前走の皐月賞はよく追い込んできたが惜しい3着だった。直線の長い東京ならば、こんどこそ追い込みが決まるだろうと期待されていた。さいわい馬の調子もいい。

 大歓声のなか、ファンファーレが鳴る。小島は馬をゲートに導いた。ライアンは落ち着いている。小島も騎手の横山典弘も普段は陽気な男だが、パドックから会話はない。横山はデビュー5年めの22歳。ダービーに乗るのは2回めだ。ダービー独特の緊張感がふたりを無口にさせていた。

こちらは雑誌『Number』の掲載記事です。
ウェブ有料会員になると続きをお読みいただけます。

残り: 3683文字

ウェブ有料会員(月額300円[税別])は、この記事だけでなく
NumberWeb内のすべての有料記事をお読みいただけます。

日本ダービー革命元年。

Sports Graphic Number 978

日本ダービー革命元年。

 

アイネスフウジン
中野栄治

競馬の前後の記事

ページトップ