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<徹底追跡>その後の王者たち――エイシンフラッシュ「復活の天覧競馬」。 

text by

石田敏徳

石田敏徳Toshinori Ishida

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photograph byKiichi Yamamoto

posted2018/05/24 15:00

<徹底追跡>その後の王者たち――エイシンフラッシュ「復活の天覧競馬」。<Number Web> photograph by Kiichi Yamamoto
同世代約7000頭の頂点に立つのはったの1頭。
すべてのホースマンが憧れる特別な舞台、日本ダービー。
だが栄光を掴んだ後、王者はどのような人生を歩んだのか。
新たな挑戦を続けたもの、繁殖馬として貢献するもの……。
関係者の話から知られざるダービー馬のその後に迫った。

 その年ごとに変わる勢力図によって、ダービーには様々なキャッチフレーズがつけられる。たとえば1強、あるいは戦国。「SB対決」などと馬の頭文字から名付けられる年もあれば、「サバイバル」と表される年もある。類型的なフレーズも少なくないが、2010年のダービーはかなり個性的といえた。何しろ「史上最高のダービー」である。多彩な主役候補が次々に名乗りをあげてくるうちに、いつしかそう呼ばれるようになったのだ。

 後から振り返っても、例年以上にハイレベルで層が厚かったといえる出走馬たちの頂点に君臨したのは藤原英昭調教師の管理馬エイシンフラッシュ。まさに閃光のような末脚を繰り出して、史上最高の頂に上り詰めた。


 かけた情は水に流し、受けた恩は石に刻む。今回の取材の最中、藤原調教師に教えてもらった言葉だが、古風な一面を持つ彼は常々、そう肝に銘じているという。エイシンフラッシュはそんなトレーナーにとって、格好の“恩返し”になった馬だった。

 平井豊光オーナーとは開業('01年)当初からのお付き合い。初めての預託馬エイシンツルギザンは'03年のニュージーランドトロフィーを勝ち、続くNHKマイルCでも2着に食い込んだ。開業の時点では無名の新人に過ぎなかった自分に、屈指の大馬主でもあった平井氏がそれだけの馬を預けてくれた恩を、彼は心の石に刻んでいた。そしてエイシンフラッシュと巡り会う。

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