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体操女子、43歳の生ける伝説選手。
「東京五輪を目指すか? もちろん」

posted2018/11/25 11:00

 
体操女子、43歳の生ける伝説選手。「東京五輪を目指すか? もちろん」<Number Web> photograph by AFLO

自身の名を冠する技も持つチュソビチナ、東京五輪では45歳を迎える。

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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「生ける伝説」という言葉がある。スポーツ界においては、現在も競技生活を続けており、かつ後々まで語り継がれるだけの功績を残した人に対して冠せられる言葉だ。

 ふと、その言葉がよぎったのは、先だって行なわれた体操の世界選手権の出場者の中に、ある名前を発見したときだ。

 オクサナ・チュソビチナ。女子跳馬の種目別決勝に進出し、4位とメダルにあと一歩という結果を残したウズベキスタンのレジェンドだ。

 しかもチュソビチナは、現在43歳。女子のみならず男子も含め、長くても20代半ばくらいで引退することが大半の体操の世界では、異例中の異例と言える。

 リオデジャネイロ五輪にも出場しているが、当地では英字紙などで「living legend」、生ける伝説として、特集されているのを目にした。また、彼女に対する尊敬の念が込もった、各国の記者の暖かなまなざしも感じ取れた。

金メダリストの凄まじい経歴。

 キャリアは当然長く、その中で輝かしい足取りを刻んできた。世界選手権には毎回のように出場し、オリンピックも実に7度出場。これは体操では、史上最多である。世界選手権では金3、銀4、銅5、オリンピックでは金1、銀1のメダルを獲得している。

 しかしその輝かしさとは対照的に、競技人生は波乱万丈と表してもおかしくはない紆余曲折に包まれている。

 チュソビチナは1975年、旧ソ連の一地域であったウズベキスタンで生まれた。体操を始めると頭角を現し、1991年、16歳のときに初めて世界選手権に出場する。

 その後、ソ連が崩壊し、EUN(独立国家共同体)の代表として1992年のバルセロナ五輪に出場。自身最初のオリンピックとなったこの大会を皮切りに、2016年のリオデジャネイロまで7大会連続出場を果たしている。

 1996年アトランタから2004年アテネまでは独立国家となったウズベキスタン代表、2008、2012年はドイツ代表、そして2016年はウズベキスタン代表としてだった。

【次ページ】 東京五輪出場を狙っている。

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