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世界の卓球界に広がる謎のマナー。
「0点で勝ってはいけない」は本当? 

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伊藤条太

伊藤条太Jota Ito

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posted2018/11/27 10:30

世界の卓球界に広がる謎のマナー。「0点で勝ってはいけない」は本当?<Number Web> photograph by AFLO

真剣勝負には最後まで緊張感が伴っていて欲しい。試合を終わらせる1点が意図的なミスで入るのはどうだろうか。

サービスミスに拍手が起こることも。

 幸いにも、完封回避マナーは日本国内では定着していないが、国際大会に出る日本選手はこれが普遍的なものであると感じる選手もいるようで、国内の大会でもやることがある(今年1月の全日本選手権の女子シングルス決勝で伊藤美誠が行った)。

 いくら国際大会で定着していようとも、日本代表選手はこのような珍妙なマナーに付き合わず、本来のフェアプレーを貫き、世界卓球界に正しい方向を示してほしいと切に願う。

 最近では完封回避のサービスミスに対して観客から拍手が送られるという茶番まで見られる。何のリスクもない状態で、慣例に従って相手に点をやる行為のいったい何に観客は拍手を送っているのだろう。

真に気高い行為とは。

 本当に賞賛すべきことは他にある。たとえば次のような場合だ。

 1969年世界卓球選手権ミュンヘン(旧西ドイツ)大会の女子シングルス決勝で、旧東ドイツのガブリエレ・ガイスラーが小和田敏子と対戦した。第3ゲームの16-18(当時21本制)で、小和田のスマッシュが決まったかに見えたが、審判は小和田が卓球台を動かしたとしてガイスラーの得点とした。小和田は抗議をしたがスコアは覆らなかった。

 小和田が諦めてレシーブの構えをすると、ガイスラーは次のサービスをさもそうすることが当然のようにわざとミスをした。一瞬の静寂の後、観客から割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 荻村伊智朗(世界選手権金メダル12個、後に第3代国際卓球連盟会長)は朝日新聞に次のように寄せた。

「審判のミスによる得点に際して、つぎの点をわざと相手に与えるのは卓球競技の伝統的な美風だが、自分のスポーツ生涯の二度とないもっとも大事な場面で、ガイスラーはこの美風を発揮した。しかも、その直後の思い切りのよい攻撃。この数分間はこの大会のもっとも美しく、感激的な場面であった。国は分かれていても、このような高いスポーツ精神にあふれる同胞をもったことを、西ドイツの人々は誇らずにはいられまい」(1969年4月29日付)

 町内会のバレーボール大会だとしてもこんなことをできる人は希だろう。ガイスラーは町内会どころか、何年もの血の滲むような練習の末に迎えた世界最高の舞台で、欲しくてたまらない1点よりも、自らの誇りにかけてフェアネスを選んだのだ。

 しかもガイスラーは、このゲームを逆転で取っている(最後は小和田の勝利)。同じ故意のサービスミスでも、陳腐な完封回避マナーとのなんと大きな違いだろう。

【次ページ】 語り継がれる「限界の風格」。

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張本智和

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