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“世界”の強さを知った世界選手権。
日本人クライマーがいま越えるべき壁。 

text by

津金壱郎

津金壱郎Ichiro Tsugane

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photograph byAFLO

posted2018/09/28 11:00

“世界”の強さを知った世界選手権。日本人クライマーがいま越えるべき壁。<Number Web> photograph by AFLO

世界最強クライマーも本気モード。

 2年後の東京五輪を見据えれば、オーストリア勢以上に見過ごせないのが、アダム・オンドラの存在だ。岩場でのフリークライミングで世界最高難度の課題を登り、2014年の世界選手権ではリードとボルダリングの二冠、前回パリ大会でもリードで優勝し、ボルダリングも2位。

 世界中の誰もが最強と認めるクライマーは、これまでは五輪種目が複合で争うことに反対のスタンスを取っていたため、東京五輪には参加しないと思われていた。だが、自らの意見を押し殺してでも、スポーツとして発展する機会に参加してスポーツクライミングを盛り上げることを決めたのだ。

 今回は他の選手よりもプラスティックホールドでのトレーニングが不足しているなかで、単種目のリードで2位、ボルダリングで17位、そして複合で2位。照準を絞ってトレーニングを積んだアダムの本気がどんなレベルなのかは、クライミングファンにとっては楽しみなところだが、メダルを狙う日本男子にとっては、これほど厄介なライバルはいない。

 これまで日本代表は、W杯ボルダリングの国別5連覇を達成するなど、ボルダリングの実力が世界トップクラスにあることで、東京五輪の金メダル有力候補と報じられることが多かった。だが、東京五輪でそれを実現するには、女子ならまずはスロベニアの生んだ天才・ヤーニャを、男子なら世界最強のアダムを超えなければならないことを多くのメディアが認識するところとなった。

 さらに、苦手にしてきたボルダリングでもこの一年で大きく力を伸ばしているジェシカとヤコブのオーストリア勢をはじめ、今回は複合決勝には残らなかったものの、男女でメダルの有力候補になりうるポテンシャルを秘めた多くの選手たちを上回らなければ、メダルにも届かないのだ。

スピードとリードの強化も必要か。

 日本は他国に先駆けてスピードの強化に取り組み始め、今シーズンはリードにも力を入れているものの、現状は東京五輪を狙える選手たちのほとんどが、一番好きで得意にするボルダリングに後ろ髪を引かれている状態にある。

 東京五輪でのメダル獲得を本気で目指すのであれば、スピードとリードの強化に本腰を入れて臨む必要がある。複合決勝でのスピード1位とリードでの3位以上を確実に手にできるまでレベルアップにつとめて初めてメダル獲得の道が拓けてくるのだ。「まだ2年ある」のか、「もう2年しかない」のか。それはこれからの選手たちの覚悟次第だ。

 日本代表にとっては収穫よりも2年後への課題の方が目立った今回の世界選手権になったが、通例なら次回は2020年なところが、東京五輪の兼ね合いで来年8月に東京・八王子でパラ・クライミングと併せて開催が予定されている。インスブルックで手にした課題に取り組み、それを克服し、来夏に実戦のなかで試す。そして、そこでの成果を再来年の8月につなげていくことができると考えれば、来年に世界選手権が実現すれば意義は大きくなる。

 そして日本選手を応援する人にも、この機会は大きな意味を持つ。「日本が強い」だけではなく、「世界も強い」ことを知ることになれば、東京五輪で日本選手がメダルを獲得した際には、その価値が単なる順位によるメダルの色分けではなく、さらなる重みを持つものへと変わるからだ。果たして次の世界選手権では、誰が観客の歓声を一身に浴び、報道陣の垣根の中心にいるのだろうか。

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