甲子園の風BACK NUMBER
甲子園で響き渡った慶應の応援歌。
『烈火』と野球部の10年物語。
text by
神津伸子Nobuko Kozu
photograph byKyodo News
posted2018/08/19 07:00
1回戦では劇的なサヨナラ勝ちを見せた慶應。『烈火』も打線を後押しした。
選手が口ずさむ様子も話題になった。
しかしその後、『烈火』はスムーズに定番曲となったわけではかった。
初披露は春の選抜敗退直後、神奈川県俣野公園球場完成記念試合での横浜商業戦でのこと。試合は7-2で勝利したが、小山はこう振り返る。
「発表当時は歌詞が息継ぎなく矢継ぎ早で、“お経や早口言葉のようだ”とも揶揄されました」
しかしその年の夏、46年ぶりに甲子園に行ったという縁起の良さでその後も使われた。また赤いメガホンを回したり、赤いTシャツを着たりなど視覚的工夫を追加した。『若き血』もそうだが、慶應義塾の応援歌には淘汰と変化を繰り返してきた歴史があるのだ。
『烈火』が大きなインパクトを残したのは、2016年夏の神奈川大会でのこと。それまではチャンス時の勝負曲として使われていた。しかしこの年、大きくその方針を転換した。毎試合必ず、相手を怯ませる意図で応援の1曲目で使用したのだ。選手がバッターボックスで口ずさむ様子も話題になった。
この曲はどう広がっていくのだろうか。
慶應義塾の応援歌は、全国でも多く使われている。例えば『ダッシュKEIO』は長年、多くの学校で愛用されている。また『シリウス』も静岡や三重などの名門校が演奏している。
一方、『烈火』は長年、東京六大学野球で戦う慶大野球部を応援するファンからも使用してほしいと声が上がり続けているが、自分たち学生が作曲したオリジナル曲のみを演奏することに誇りを持つ慶大応援指導部、『烈火』を高校独自の曲として大切にしたいという慶應高校応援指導部の考えが一致し、現在はまだ神宮では鳴り響いていない。
一方で、今回の東京都大会で無断で編曲されて使用されるということもあった。高校野球の応援の世界では、他校が演奏している曲で良いものがあれば、積極的に自分たちでも取り入れるという傾向が強いが、今後、『烈火』を他校が演奏することについてはどう考えるのか。
小山はこのように話している。
「曲ができてから10周年を良い形で迎えた『烈火』のこれからをどうするか。中谷さんと現役の応援指導部員らと、行く末を考えて、じっくりと話し合っていきたいと思っています」
日が沈み照明が点灯された中、真っ赤に燃えた甲子園の一塁側アルプススタンドと、地鳴りのように響き渡ったこの曲が、ふと蘇った。
数年後、数十年後、それ以降。雄々しい応援歌の未来を、制作者たちはしっかりと見据えている。