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浅野拓磨「俺が一番知ってますもん」
サッカー選手の価値は一瞬で変わる。 

text by

オノシンタロウ

オノシンタロウShintaro Ono

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photograph byGetty Images

posted2018/05/27 17:00

浅野拓磨「俺が一番知ってますもん」サッカー選手の価値は一瞬で変わる。<Number Web> photograph by Getty Images

今シーズンの浅野拓磨が苦しんだことは明らかである。しかし大一番で評価を覆してきたこともまた事実なのだ。

監督に言われた「スピードを求めていない」。

 なぜこのような状況になったのか。

 今シーズン2部から昇格したばかりのチームは、前半戦終了時点で14位。自動降格圏との勝ち点差はわずかに「2」と危機的な状況に陥っていた。

 だが1月末にトルコ人のタイフン・コルクト新監督を迎えたのを契機に、チームは見違えるような好成績を収めていく。監督交代後は4連勝が2度、14試合で負けたのはわずか1試合。最終的に、チームは7位まで順位を上げた。

 しかし降格寸前のチームを救った新監督が来てから、浅野は居場所を失った。

 前半戦ではリーグ戦17試合中15試合に出場していたが、後半戦はベンチにも入れない時間が続く。

 海を渡った多くの先輩たちがそうしたように、浅野は監督室のドアを叩いた。自分の強みを知ってくれ、どうすれば試合に出られるのか、俺はスピードなら誰にも負けない、と。

 監督の答えは1つだった。

「俺はスピードを求めていない」

 それでも浅野が失意に打ちひしがれた訳ではない。練習では気持ちを切らさずアピールを続けた。

 広島時代、憧れの佐藤寿人がそうしていたように、最後まで残ってボールを蹴った。先が見えない中でも、いつ出番が来てもいいようにコンディションを常に保ち続けた。

細貝萌も苦しんでいた。

 それでも辛いときは、細貝萌のことを思い出した。

「お前、練習にもう来なくていいよ」

 細貝は浅野にとって、2部だった昨シーズン同じチームでずっと面倒を見てもらった先輩だ。ブンデス1部で100試合以上に出場し、どんな時でも献身的だった先輩が、あるチームでは蚊帳の外の扱いを受けていたと聞いた。

 そんな尊敬する先輩も、いつも定位置どころかベンチも用意されていないところからスタートし、最終的にはピッチに立った。

「自分は常にメンバーに入って、レギュラーと同じように練習はできていたんで。競争の土俵からおろされたわけではなかったし、悔しかったですけど、出られない期間にくさっていたら次が回ってこないから」

【次ページ】 「俺、マジで全然遊んでないっす」

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