草茂みベースボールの道白しBACK NUMBER
その瞬間、竜も虎も1つになった。
「松坂の22球」が起こした奇跡とは。
text by
小西斗真Toma Konishi
photograph byKyodo News
posted2018/04/26 07:00
7回2死満塁のピンチで代打・上本を三振に取り、ガッツポーズ。ただ、打線が3安打で1点しか奪えず、今シーズン2敗目を喫した。
「行けますか?」ではなく「行きますね」。
「6回を投げ終え、ベンチに帰ってきた松坂さんに近づこうとしたんです。ところが、僕と目を合わそうとしない。こちらとしては(故障後は)投げていない領域だったので、確かめる必要がある。でも、行けるというのなら止める必要はありません。こちらを見ようとしないということで、思いは伝わりました。だから『行けますか?』ではなく『行きますね』と声をかけたんです」
年齢は松坂が1歳上。野球界のルールとして、こういうケースは互いに敬語を使う。松坂は「朝倉コーチ」と呼び、朝倉コーチは「松坂さん」と呼ぶ。近寄ってきた年下の上司(コーチ)が聞きたいことはすぐわかる。目をそらすのが松坂の無言の答えだった。年上の部下(選手)の言いたいこともすぐわかる。朝倉コーチは瞬時に忖度し、質問から確認へと言葉を変えた。
望んで「行く」と決めた以上、打たれることは許されない。しかし1死から福留孝介に右前打を浴び、糸原健斗にはストレートの四球を与えてしまう。セットポジションになると制球が乱れる課題は、この試合でも見られた。
大山悠輔にもカウントを悪くしたが、何とか中飛に打ち取った直後、松坂は下半身に異変を起こしたかのような仕草をした。ベンチから朝倉コーチとトレーナーがマウンドへ駆け寄ろうとベンチを飛び出したほどだが、両手を挙げて制した。
26904人、阪神ファンからも「負けるな」。
降板後の説明によると「足がつったような感覚になったが、投げられるんでそのままいった」。あと1人。この回だけは投げ切らせてやりたい……。
誰もがそう思ったとき、ナゴヤドームに「奇跡」が起こった。
2万6904人。もちろん阪神ファンもいるのだが、黄色のはっぴを着ている彼らさえ、松坂を応援しているように聞こえた。自然発生の拍手と歓声。「がんばれ」「負けるな」。中日のベテランが「ああいう声援は聞いたことがなかったですよね」と目を丸くしていた。松坂の背中が、観客の心に化学変化をもたらしたのだ。