酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
トライアウト、彼らの前途に幸あれ。
あまりに狭き門と絡み合う「物語」。
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byKyodo News
posted2017/11/17 10:30
ソフトバンクから戦力外通告された大隣憲司は、2017年の参加者の中でも頭1つ抜けた存在感を発揮していた。
多くの選手にとって、ユニフォームを着る最後の機会。
2016年は、投手42人、野手23人が参加したが、NPBに移籍が決まったのは1人だけ。
榎本葵(楽天・外野手) →ヤクルト
他にトライアウト後、球団のテストを受けて以下の2選手がNPBに移籍した。
柴田講平(阪神・外野手) →ロッテ
久保裕也(DeNA・投手) →楽天
トライアウトは、建前上「次のチャンスをつかむ場」ではあるが、その門は極めて狭く、多くの選手にとって、実質的には「プロのユニフォームを着る最後の機会」になることが多いのだ。
球団はシーズン終盤になると、戦力外選手をリストアップする。その段階で、各球団の間で情報交換がされる。めぼしい選手は戦力外通告と同時に、他球団から非公式なオファーがあることが多いのだ。
第2次戦力外通告期間を過ぎて去就が決まっていない選手は、そうした球団のネットワークから漏れていることが多い。
またトライアウトで合格した選手の中にも、移籍が内定していて、最終チェックで出場する選手もいるという。
そういう背景がない大部分の選手にとって、トライアウトは最後のチャンスであると同時に「思い出作りの場」になってしまうのだ。
お父さんの最後の雄姿を見る機会になる家族も。
そういう事情を知って、トライアウトを見ると切ない気持ちになる。
私は昨年、甲子園で行われたトライアウトを見るために、朝早くから阪神電車に乗り、一組の母子と乗り合わせた。平日にもかかわらずリュックを背負った親子は、一言もしゃべらない。甲子園に着くと、降りたがらない男の子を促して、母親が背中を押した。そして母子は球場へと消えていった。おそらくはトライアウトを受ける選手の家族だったのだろう。家族にとっても、トライアウトは、お父さんの最後の雄姿を見る機会になってしまうのだ。