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トライアウト、彼らの前途に幸あれ。
あまりに狭き門と絡み合う「物語」。 

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広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

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photograph byKyodo News

posted2017/11/17 10:30

トライアウト、彼らの前途に幸あれ。あまりに狭き門と絡み合う「物語」。<Number Web> photograph by Kyodo News

ソフトバンクから戦力外通告された大隣憲司は、2017年の参加者の中でも頭1つ抜けた存在感を発揮していた。

選手の父親は仕事を休んで結果をチェック。

 前に座っている中年のおじさんグループは、なんでも堂林翔太と比べて話す。選手名鑑を見ながら「あの選手は堂林より年俸が300万円も高いわ」「林昌範の嫁さんも女子アナだって、堂林と同じじゃ!」広島にはこういうファンがいる。堂林もつらいところだ。

 たまたま知人に、この日トライアウトを受けたヤクルト、原泉の父親の同僚がいた。原はこの日2安打したが、父親は午後仕事を休み、ネットで結果をチェックしていたという。

「息子の野球人生がかかった勝負だから仕事してられない」とのことだった。

 トライアウト参加者の中には、NPBのユニフォームではない選手も散見される。一度NPBを離れて、独立リーグや社会人でプレーをしながら年1回のこのチャンスに挑んでいる選手だ。

 元阪神の西村憲は、2010年に65試合に登板し7勝3敗14ホールドと活躍したが、故障もあって成績が急落し、2014年に戦力外となる。今は独立リーグルートインBCリーグの滋賀ユナイテッドに所属しているが、これで4年連続トライアウトを受けている。

 31歳になる今年は4人の打者に2被安打1与四球と芳しい成績ではなかったが、投げ終わると帽子を取ってマウンドに深々と一礼し、足でくぼみをならして降りていった。

 大物選手もいる。昨年は1265安打の楽天、後藤光尊、64勝のヤクルト新垣渚も登場した。今季は、52勝のソフトバンク大隣憲司も投げた。1安打こそされたが大隣の投球は格が違うと思わせた。

 昨年の新垣は、マウンドを降りるときにこぼれるような笑顔を見せたが、今年の大隣も三塁側のベンチに下がるときにニコッと笑った。万感の思いがあったと思う。

彼らの前途に「幸あれ」と願わずには。

 あるプロ野球関係者は「トライアウトは“あきらめさせる”場でもあるんよ。ろくに野球もせんでは、やめられん。そういう奴らのためにトライアウトをやっているという面もある」と言った。そういうことなのだろう。それでも、数日後には西武の田代をヤクルトが獲得するという報道も流れた。

 トライアウトは打つだけ、投げるだけ、の単調なものだが、小さいころから野球に打ち込んできた野球少年の総決算の場でもある。ひとりひとりに「物語」があるから、多くの野球ファンを惹きつけるのだろう。

 午後2時過ぎにトライアウトは終了した。カープロードを下りながら、彼らの前途に「幸あれ」と願わずにはおられなかった。

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