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亀海喜寛が抗ったボクシングの常識。
「世界の中心」に手をかけた世界戦。
posted2017/08/28 16:30
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
AFLO
WBO世界スーパー・ウェルター級王座決定戦が26日(日本時間27日)、米カリフォルニア州カーソンのスタブハブ・センターで行われ、同級6位の亀海喜寛(かめがい・よしひろ/帝拳)は元4階級制覇王者で同級1位のミゲル・コット(プエルトリコ)に0-3判定負け。世界で5指に入るスター選手から金星を奪うという夢は叶わなかった。
現地で取材した記者によると、フルラウンドの攻防を終えた亀海は、本当に悔しそうに言葉を絞り出したという。
「偉大なファイター(コット)と戦いましたが、俺はただただ勝ちたかったんです。本当に欲しかったのは勝利なので……」
日本国内での認知度はあまり高くはなかったが、この試合は日本ボクシング史の中でも特筆すべきビッグチャレンジだった。対戦相手のコットは、4階級制覇を成し遂げた実力に加え、世界的にファンの多い人気選手。フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、サウル・アルバレスといった当代のスター選手と拳を交え、1試合で18億円を稼ぎ出したこともある。
そんなコットに勝利するということは、パッキャオやアルバレスといった超一流のクラスと対戦できるポジションを手に入れることを意味する。すなわちコット戦は世界のボクシングの中心に立つ戦いだった。どんな偉大な日本人世界チャンピオンであっても、世界のボクシングの中心に立った選手はいない。そういう意味で、この試合は歴史的だったのである。
世界王者よりも、ビッグネームに勝つことを目標に。
試合は、亀海の勝利への気迫がビシビシと伝わってくる立ち上がりだった。体格で大きく上回る亀海がグイグイと前に出て、左ボディブローをコットに打ち込んでいく。「最初から最後までフルアクションで攻めていく」。日本で練習していたとき、何度も言葉にしていた通りのスタートだった。
亀海が無敗のまま日本王座を獲得し、国内敵なしを証明して、アメリカのリングを初めて踏んだのが2011年のこと。以来、このボクサーは「世界チャンピオンになること」よりも「海外で勝つこと」、「海外でビッグネームに勝つこと」を重視して、己を磨いてきた。