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「元プロ」全員が名指導者ではない。
高校野球に今こそ必要な機関とは。 

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氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byKyodo News

posted2017/06/21 07:00

「元プロ」全員が名指導者ではない。高校野球に今こそ必要な機関とは。<Number Web> photograph by Kyodo News

2015年夏の甲子園を前に指導する山本監督(右)。ユニークな経歴で裏打ちされた経験は、激戦区の大阪でも異彩を放つ。

高校野球でコーチを務めてから韓国プロ野球を経験。

 岡山県出身の山本は津山商、大阪学院大を経て、一度は選手としての生活を終えている。その後、尽誠学園にコーチとして赴任し、野球の本質を学んだという。

「尽誠学園に行って、野球を初めて知りました。大学まで自分で野球をしていましたけど、今思えば全くのド素人でしたね。尽誠学園では、投球フォームやフォーメーション、バイオメカニクスまで、すべて論理的に指導を受けました。そこで、勉強をすることの大事さを知りました」

 当時のスタッフからたくさんのことを学び、生徒に教え、自身も実践してみる。すると山本の中で、現役に対する未練が再び大きくなっていった。

 その思いから一念発起し、ついにはプロテストを受けた。

 日本の球団で一軍キャンプ参加までは実現したが入団には至らず、最終的に韓国のプロに入団を果たした。春のスプリングトレーニングでは、ピッツバーグ・パイレーツとの合同キャンプにも参加した。

「アメリカでの経験も大きかったですね。肩や肘の使い方などが勉強になりましたね。例えば、向こうではトレーナーがシーズンオフに整形外科医たちと一緒になって活動します。身体への意識が全然違いました。今は日本人もメジャーに行くようになって変わりつつありますけど、当時は遅れているなと感じました。僕はトレーナーとよく話をさせてもらって、トレーニング理論がしっかりしていることに驚きましたね」

“元プロ”という肩書がすごいのではなく……。

 とはいえ山本は、“元プロだからすごい”というわけではない。むしろプロとしての彼は特に実績を残したわけではなく、尽誠学園での指導歴と韓国プロでの経験を積み重ねてきたからこそ、である。また「高野連の国際親善試合に、通訳で参加してアメリカチームに入っていたこともある」と話しており、これも山本にとっての財産だ。

 つまり元プロという肩書自体が大切なのではなく、野球人として貴重な経験をしてきたことこそが大事なのである。それが経験に裏打ちされた言葉を生み出し、野球の醍醐味を伝える作業につながる。

【次ページ】 頭の中で論理立てて実証できていないコーチも。

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山本皙
大阪偕星学園高校

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