マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
甲子園のベンチ入りを25人にしたら?
「頑張り」が報われるのはいい事だ。
posted2017/06/20 07:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Hideki Sugiyama
こんなことをツラツラ考え始めたのは、もうだいぶ前のことだったと思う。
ダグアウトの上のほうの客席から試合を見ていて、目に入ってくる向かい側のダグアウトが、いやにガランとしているように見えたからだ。
いちばんバックネット寄りの端っこに、監督さんが1人。
たいていは、腕を組んで、怖ーい顔で立ちつくす。自分が鍛えた選手たちが、目の前で一生懸命頑張っている様子を、見に来ている誰よりも“特等席”で目のあたりにできるのだから、もっとうれしそうな、楽しそうな顔をしていればいいのに。
うれしくはないのか、楽しくはないのか、頼もしく、ほほ笑ましくはないのか。
そして、ダグアウトの真ん中あたりには誰もいなくて、そのいちばん外野寄り、監督さんと反対側の一角に、選手たちがギュウギュウ詰めに密集している。
なんだ、もっと入るじゃねーか……。
ちょっと乱暴な言い方かもしれないが、正直な実感だった。
そして、ダグアウトの上のほう、応援スタンドの真ん中で、応援の曲に合わせて踊って歌う、もう1つのユニフォームの集団をなんだかじっと見入っている自分がいた。
空いてるんなら、ぜんぶ入れてあげればいいじゃねーか……。
そんな、ちょっと乱暴なことを考えていた。
せめてベンチの定員を25人にしてみたら。
外で応援するのも、中で応援するのも同じこと。どうせなら、狭いダグアウトの中で、みんなでぶつかり合いながら、ワイワイ言いながら、応援したり、応援されたり。
高校の部活の野球なら、そういうことでいいんじゃないか。
部員の数が学校によって違う。不公平になる。
そんなことを言う向きには、世の中に、不公平じゃないことなんてあるのですか? みんな、不公平の中で、不公平を実感しながら日々の暮らしを送っているんじゃないんですか?
そんなことも、言いたくなってくる。
ぜんぶ入れるのが乱暴なら、せめてベンチ入りの定員を「25人」にしたら、高校野球はいったいどう変わってくるのか、それとも変わらないのか?
妄想が広がる。