ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
松山英樹も米トップ選手も憧れた。
宮里藍という、最高のロールモデル。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byAFLO
posted2017/06/01 08:00
引退会見では目に光るものを溜めながらも笑みを浮かべていた宮里藍。その優しさと芯の強さが、彼女の魅力である。
中継用のカメラ、記者も注目選手に張りつくように。
宮里の登場で、コースでは中継用の専用カメラが特定の選手に張り付くようになった。スチールカメラマンや記者の間でも、ひとりの注目選手に対して、18ホールのプレーをつぶさに追うという取材方法が通例化した。
“藍・さくらフィーバー”で平均10%前後だったテレビ視聴率はここ2年、多デバイス化の流れもあってか、平均5%台と低下傾向が見られるものの、当時に端を発した「女子プロは生で観る」という価値観は揺らいでいない。
何より32歳でキャリアにピリオドを打つヒロインの功績は、数字だけで表現できるものではなかった。
「フィーリング」「リズム」の表現に込められた信念。
宮里はラウンドを終えて自身のプレーを振り返る際「フィーリング」や「リズム」という言葉を幾度となく使ってきた。
「きょうはショットのフィーリングが良くなかった」
飛距離や正確性ではなく、フィーリング。どこか曖昧で、頼りないこの横文字は、ともすれば技術不足を覆い隠すためのエクスキューズにも聞こえなくもない。
しかし、ゴルフは対戦相手とのボディコンタクトがなく、誰にも邪魔されることなくプレーできるが、好スコアを生むためには、選手が持つ飛距離と正確性だけではどうにもならないことが多い。
それはパワーで男子に劣り、ボールが高く、遠くに飛ばない女子選手にとってはなおさらだ。心を整え、幸運と不運と付き合いながら自然と寄り添い、目の前のタスクを処理して、また自分と向き合わなければならない。
かつて東南アジアでの試合で宮里は「ゴルフはアジアの選手に向いている。体格では欧米の選手に劣っても、私たちは落ち着いて、冷静に物事を捉えることができる」と説いたことがあった。
「調子が上がってくると自分の中で『上に行きたい』という気持ちが出てくる。それをどうバランスよく、いいイメージに変えられるか」
「きょうはきのうほど湿度の高さを感じなかったので、グリーンでよくボールが転がった」
五感をフルに使い、メンタルトレーナーとの共同作業で培ったフィーリングの操作は、宮里が世界に誇る戦う術だった。