ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
松山英樹も米トップ選手も憧れた。
宮里藍という、最高のロールモデル。
posted2017/06/01 08:00
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph by
AFLO
「藍ちゃんだ、藍ちゃん!」
松山英樹が発した無邪気な声を今も覚えている。
2014年6月、ノースカロライナ州のパインハーストを舞台にした全米オープンは、史上初めて男女が2週にわたって同じ会場で行われた。先に開催された男子大会を終えた松山は翌週も当地に残り、全米女子オープンの初日に日本選手の応援に駆け付けていた。
宮里藍が17番ホールをプレーしていた時のこと。パー3のグリーンを取り囲む、大きな傾斜を持ったフェアウェイからパターでアプローチをした彼女を見て、思わずうなった。
「あそこで迷わずパターを握る判断がすごいなあ……」
松山は青いフレームのサングラス越しに嬉々としていた。
「藍さん」でもなく、「藍先輩」でもなく、「藍ちゃん」を観て。
当時すでに活躍の場を海外に広げていた彼も、宮里藍のビッグファンのひとりだった。
宮里藍の登場後、日本女子ツアーはブームとなった。
あれから3年。宮里が今シーズン限りでの引退を電撃発表した。
アマチュアとして出場した高校3年生時のミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンから日本ツアーで15勝(プロ14勝)。米ツアーに主戦場を移して通算9勝。2010年には世界ランキング1位に立った。
プロ転向前の2003年、日本女子ツアーの1試合あたりの平均来場者数は9383人だった。宮里のプロ1年目、5勝を挙げた'04年は1万908人とわずかな伸びだったが、その翌年に試合が前年比2試合増の33試合となり、平均来場者数は1万5808人と約1.5倍に膨れ上がった。盟友・横峯さくらがシード1年目で2勝を挙げた'05年のことだった。
以降は2009年の1万7794人を最高値として、平均1万4000人前後で推移。今年は5月の中京テレビ・ブリヂストンレディスまでに平均1万7500人を記録している(日本ゴルフトーナメント振興協会のデータによる)。