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少林寺にて、武僧として生きること。
3年に及ぶ撮影で目撃した超人の世界。 

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大串祥子

大串祥子Shoko Ogushi

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photograph byShoko Ogushi

posted2017/01/12 11:45

少林寺にて、武僧として生きること。3年に及ぶ撮影で目撃した超人の世界。<Number Web> photograph by Shoko Ogushi

少林寺の歴史。武僧とは何者なのか?

 河南省・登封市にある嵩山少林寺は、達磨大師がインドから中国にもたらした禅宗始祖である。九年面壁後の二祖・慧可は達磨大師に入門を請うため、三日三晩、雪中に座し、ついには片腕を切り落として誠意を伝え、弟子入りを許されたという伝説がある。少林寺で片手での合掌が許されているのは、慧可への敬意の表れである。

 ユネスコ世界歴史遺産にも登録されている、重要な仏教寺院であることは確かだが、世界の少年たちのハートを引きつけて止まないのは、「武僧」の存在を抜きにしては語れない。

 少林寺にのみ武術が許されているのは、のちの唐の太宗・李世民が戦でピンチに陥ったとき、秘かに武術をたしなんでいた少林寺の武僧たちの加勢によって勝利を得たことへの褒賞といわれる。以来、1500年もの間、何度も危機に陥りながら、武術の伝統を守り続けてきた武僧たち。今でも千佛殿には、「武僧脚坑」と呼ばれる、古の武僧たちの闇練により窪んだ穴が残されている。

 英国の名門パブリックスクールイートン校、ドイツ連邦軍の兵役、コロンビア国防軍麻薬撲滅部隊、近代五種……特殊な男性社会を女性の視線から撮り続けてきた我は、舞台をアジアへ移すことを決めたとき、真っ先に思い浮かんだのが少林寺だった。

 理由は簡単で、我らは、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リーとカンフー映画で育った世代であり、少林寺は聖地といえる存在なのだ(もし日本にサムライやニンジャが現在も実在している村でもあれば、どんな山奥にでも行きたいが、それは叶わぬ夢である)。

2010年の上海万博から、入門者が飛躍的に増えた。

 少林寺を訪れてまず驚かされるのは、若い僧侶が多い、ということである。いわゆるお寺から感じる「枯れた」感じがない。宗教施設特有の静かで厳かな空気の中にも、生命力がそこはかとなく漂い、活気がある。

 最新のスマートフォン片手に、武術着を腰パン気味に着こなすいまどきの武僧くんたち。日々、観光客の立ち入ることのできない甘露台と呼ばれる秘密の稽古場で、技を磨くだけでなく、武術の枠を超えて、国内外の舞台芸術家との共演をしたりと一大エンターテイナーとしても活動の場を広げている。

 かねてより、武術に憧れて入門する若者が多かったが、その数が飛躍的に伸びたのは、2010年の上海万博以降といわれる。

「一生、僧侶として生きるつもりはない。武術を修得したら、故郷に帰って武術学校を開くんだ」「僕は映画スターになりたい」など、少林寺というブランド、1500年も続く武術への憧れから、少年たちは門を叩き、腕を見込まれ選ばれたものたちが武僧として修行を積んでいく。

【次ページ】 想像を超えて、圧倒的に身体能力が高い武僧たち。

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釋永信
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