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少林寺にて、武僧として生きること。
3年に及ぶ撮影で目撃した超人の世界。 

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大串祥子

大串祥子Shoko Ogushi

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photograph byShoko Ogushi

posted2017/01/12 11:45

少林寺にて、武僧として生きること。3年に及ぶ撮影で目撃した超人の世界。<Number Web> photograph by Shoko Ogushi

アクロバットと「空」こそ、佛の道である。

 今回の撮影紀行は、延べにして3年にわたることとなった。その間、たくさんの武僧の演武を撮影したが、飽きることは無かった。非常に興味深いことに、毎日腱鞘炎になるほど演武を撮り続けていると、「この人、失敗する」というのが直感的に分かるようになる。我にもカメラを通じて「気の乱れ」が見えるようになってきたのである。武僧くんが無になり、迷いがなくなったときに、完璧な動きが完成し、我のカメラもシンクロし、よい写真が撮れるのである。

 指の一本一本にまで、気の満ちた演武をしている武僧くんを撮るときには、撮る側は一切考えるのをやめて、感じることで写真が撮れる。

「Don't think. Feel」

 まさにブルース・リーの言った通りに。

 演武におけるアクロバットな動きは3次元の動きなので、平面的なフォーカスや画角で考えていると、予想とは違うことになる場合がある。それでも撮るのを止めず、少しずつ修正していけば、いつかその瞬間に巡り会うことがある。最後は「信じ」「願う」ことである。それの繰り返し。

 今回、3年にわたった少林寺の撮影を通じて分かったこと――。

 アクロバットとは仏教の概念である「空」を体現しているのだ。

 重力から自由になり、時間と空間を反転させながら、空中を自在に移動し、いつもの視座を失わせる……。

 肉体は存在、身体は関係。

 武僧くんたちの身体表現は佛との関係に他ならない。

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