マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
引退したスカウトがドラフトを語る。
「もう球場には行ったらいかん」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byNanae Suzuki
posted2016/10/20 07:00
華やかなプロ野球の世界を離れたスカウトの目に、ドラフトやペナントレースはどんな風に映るのだろうか。
田中正義は高校生でセンターだった頃から見ている。
聞いてちょっとびっくりしたのは、今年のドラフトの目玉の1人、創価大・田中正義のことは高校時から見て知っているという。
「センター守って、神宮のレフト上段にホームラン打ってましたよ。それから何年かして、創価大にすごいピッチャーが出てきたっていうんで、エースだった池田(隆英)のほうかと思ったんですよ。そうしたら、あのセンターのほうだっていうでしょ……」
田中正義が3年生の昨年まで、鈴木さんはずっと追い続けた。
「気になりますよねぇ、どこが獲るのか。彼に合った指導者のいるチームに決まってほしいですけどね……」
そう言いながら、どこか乾いた感じの口調になっている。
「近くで大会があったりするでしょ。たとえば、今年の夏なんか、みんな言うんですよ、近所の人が、『行かんの?』って。行きたいですよね、見てきたヤツばっかりなんですから、出てる選手は。でもねぇ……」
いつもはっきりしたもの言いで語る鈴木さんが、珍しく口ごもった言い方になった。
後任のスカウトに遠慮して、球場へは行かない。
「後任が来てると思うとねぇ」
鈴木さんの後任の中国・四国担当には、スカウト1年生の若いスカウトが任命されていた。
「私が見に行って、そのスカウトがどう感じるかな、と思うとね。自分だけじゃ頼りないので、球団が鈴木にフォローさせてるんじゃないか……とか、そんなふうに思われてもね。やっぱりいったんスカウトが退いたら、もう球場には行ったらいかんのと違いますかねぇ」
去年までだったら、1年のほとんどを出張で家を空けていた鈴木さんだから、退団するにあたっては、ちょっとした心配もあった。
「都会に住んでるんなら退屈もせんけども、田舎に引っ込んで、そこで新しい生きがいが見つけられるんだろうか。あるとすれば、なんだろう? けっこう、考えたもんですよ」