マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
引退したスカウトがドラフトを語る。
「もう球場には行ったらいかん」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byNanae Suzuki
posted2016/10/20 07:00
華やかなプロ野球の世界を離れたスカウトの目に、ドラフトやペナントレースはどんな風に映るのだろうか。
趣味で始めた家庭菜園も、つい野球に喩えて……。
さしあたり、家の隣りに40坪ほどの空き地があったので、そこを買って家庭菜園にしてみた。
「連作って知ってます? モノによっては、毎年作れない作物もあるんですよ。土地を1年寝かせて、土の栄養を補ってやったりとかね。そのサイクルを考えるのが、ちょっと難しくてね。まあ、野球でいえばローテーションですねぇ」
ナスにオクラ、キューリにトマト、葉物は白菜に小松菜、大根も植えている。
「ちょうど今が、黒豆大豆の収穫の時で、これからはエンドーとソラマメを植えるんですよ。春の野菜ですから、来年のセンバツの頃ですよ、取り入れは」
古希を迎える人たちのソフトボールのチームがあって、鈴木さんはそこに三顧の礼で迎え入れられた。
「まあ、いってみれば野球みたいなもんですよ。野球で笑われたらいかんから、こりゃあ、一から体鍛えてやったろーと思ってランニングから始めたら、そこでもう肉離れですよ(笑)」
「いつでしたかな、今年のドラフトは?」
スカウトの頃にずいぶんと苦労したと鈴木さんが笑ったパソコンの操作がなくなって、その代わりに、ソフトボールと月に一度のゴルフが加わった。
「今はもう、全部自然の中の生活ですから。ええっと、いつでしたかな、今年のドラフトは?」
20日ですよと伝えたら、あら、もう何日もないじゃないですか! と驚いて、
「どこか遠い国の出来事っていうほどじゃないけど、やっぱり今までの緊張感がないんですね、今年の私には」
そう言って、電話の向こうでおだやかに笑っている鈴木さんの口ぶりには、もう十分にやりきった男の悠然とした落ち着きが感じられた。