マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
甲子園は「いかに負けるか」である。
高川学園・山野が履正社に投じた109球。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2016/08/13 07:00
圧倒的不利という下馬評を覆すことはできなかったが、高川学園・山野は明らかに大会屈指の投手だった。
スライダーとカーブを両立できる投手はほとんどいない。
この日の履正社打線のスイングの鋭さは凄まじかった。その相手に、2回の4点で踏みとどまったのが十分以上にすごかった。
6回、猛烈なピッチャー返しのライナーが山野太一の顔面を襲った。
わ、死んだ……。
そう思った瞬間、彼のグラブに打球がおさまっている。よかった、当たらなくて。当たっていたら骨折か、悪くすれば命にかかわる重傷になっていたはず。
そんな怖ろしい打球を弾き返した若林将平左翼手(2年)が7番に控える履正社打線に、山野太一は真っ向から勝負を挑んでいった。
速球とまったく同じ腕の振りから、速いスライダーがホームベースの上で左打者の外に吹っ飛んでいく。スライダーを気にしていると、そこにタテのカーブを落としてくる。
スライダーが鋭い投手はカーブがいま一つ。これが野球の常識なのだが、山野太一はこの2つの変化球が両立している。
スライダーかカーブ、そのどちらかでサッとストライクを1つ先行させ、そのあとを左腕独特のクロスファイアーで追いかける。山野太一がその緩急を取り戻すと、3回以降は履正社打線が手を焼いた。
打たれても前に踏み込んでくるボクサーのように。
強打線相手に“ひるみ”がない。淡々と、捕手のサインと打者の様子だけを見つめながら投げ進めていく。
打ち取って喜びもしなければ、打たれて、悔しさに顔をゆがめることもない。打たれても、打たれても、あごを引き、足を前に踏み込んでくるボクサーのようなしぶとさ。無表情なだけにいっそう不気味だ。
7回、カウント1-2からボールの高さの速球を、松井秀喜(元巨人ほか)のように見える2年生4番・安田尚憲三塁手(188cm92kg・右投左打)にフェンス直撃の二塁打を打たれ、5点目を奪われた場面でも、山野太一の視線が下を向くことはなかった。