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涌井の年俸調停で考えさせられた、
「スポーツと言葉」の微妙な関係。 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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posted2011/01/25 08:00

涌井の年俸調停で考えさせられた、「スポーツと言葉」の微妙な関係。<Number Web> photograph by KYODO

年俸調停委員会のヒアリングに臨む西武の涌井秀章投手。ダルビッシュとの比較で報じられることが多いのも問題を複雑にしているとされるが……

「誠意が伝わらない」ということはどういうことか?

 涌井は挙げ句、球団に「本当ならダウンだった」と言われたと語っている。このあたりも、売り言葉に買い言葉でついそれに近い言い方をしてしまったのではないか。

 言葉が大事だというのは、決してきれいごとではない。

 ソフトバンクの杉内俊哉のケースがそうだった。杉内は、最初の交渉で3億5千万円(推定)を提示され、その評価に「誠意が伝わらない」とぶち切れた。

 ところが二度目の交渉のときは、まず球団サイドが笠井和彦オーナー代行兼球団社長が交渉の場に出るなどし「誠意」を見せた。結果、杉内は1000万の上積みを辞退し、判を捺したのだという。

 以下は杉内の弁だ。

「まず『おつかれさま』と言われて、前回にない交渉の始まりだった。君は必要だという社長の話を聞いて、またがんばろうと思った。1年が報われた。社長から『他には絶対に行かせない』という強い言葉をもらい、貢献しようという気持ちが強まった」

 このコメントを見ても、言葉がいかに大事かがわかる。

 しかも、最初のひと言だ。

どんな一流選手でも、温かい言葉は必要なのだ。

 われわれ書き手もそうだ。

 ヘトヘトになり原稿を書き上げたあと、編集者にいきなりダメ出しを食らったら腹が立つが、まずは「おもしろかったよ」と褒められ、それからここをもうちょっとこうしてほしいと注文をつけられると、つい「確かにそうですね」となってしまう。それも編集者のテクニックのうちのひとつだとわかっていても、人間などそんなものだ。誰しも似たような経験があることだろう。

 野球選手のような個人事業主にとって「必要とされている」という実感ほどありがたいもの、勇気を与えてくれるものもない。

 それは杉内クラスでも例外ではない。どんな一流選手であっても、プロ野球選手である以上、潜在的に常に孤独で、どこか心細いものなのだ。お金がなくなること以上に、自分が必要とされない日がくることを怖れている。だからこそ、そんな気持ちを温めてくれる言葉を待っているのだ。

【次ページ】 涌井と球団の間の信頼は「言葉」と共に消えるのか?

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