野球場に散らばった余談としてBACK NUMBER
フルイニング出場が危ぶまれる鳥谷敬。
臆病になれる男が秘める矜持と根性。
posted2016/07/15 07:00
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Nanae Suzuki
10年以上も前の話だ。ずっとずっと昔から、野球記者として生きてきたベテランの大先輩から唐突に問いかけられたことがあった。
「お前、いい記者の条件って分かるか?」
口ごもっていると、思いも寄らないことを言う。
「臆病なヤツやな……」
臆病? そんなん、どこがええんや。みっともないだけやないか。心の中で、そう毒づいたが、怪訝な表情を見透かされたのか、諭すように続ける。
「ニュースを追うのは他社との競争。ある意味、びびりじゃないと細かいところに目も届かんし、気を配って取材できない。それに、勝とうと思って必死になれんやろ」
最近、妙に、あの時の会話を思い出す。
苦境のチームを救えぬ主将を“ベンチに”との批判も。
ドドドドドドドドッ……。ナイターを待つ甲子園は、午前中からせわしい。グラウンド整備の小型車が芝を刈り、土をならすのを横目に、鳥谷敬は外野を黙々と走る。すっかり蒸し暑くなった7月上旬も、サングラスを掛け、耳にイヤホンをつけ、ハーフパンツ姿で額に大粒の汗をにじませていた。客席に人はいない。試合開始の7時間ほど前から、心も体もじっくりと解きほぐす。誰にも邪魔されることのない、たった1人の空間だ。ベテランの揺るがぬルーティン。これは長年、阪神タイガースの本拠地で見られる風景だ。
先日、スポーツ紙にごく小さな記事が載っていた。7月12日のヤクルト戦(長野)で通算901得点に達し、阪神歴代1位の吉田義男を抜いたという。81年の球団史で誰よりも本塁を踏む。当たり前のようにヒットを打ち、四球を選び、塁に立ち続けてきた男の勲章だろう。今年で35歳になった。プロ13年目の今季、チームのキャプテンに対する風当たりは、かつてないほど強い。金本阪神が苦戦するなかで鳥谷の不調も浮き彫りになり、'12年に始まった連続フルイニング出場記録の継続の是非を問う声が出始めている。
打率は2割3分台にとどまる。チームトップの61四球を選び、出塁率こそ3割5分台だが、近年の4割前後には及ばず、本調子でないのは間違いない。片岡篤史打撃コーチは「熱いものに触れたら体が『熱っ』と反応するように、内角球に対して、体がそうなってしまっている。左打者は内角をいかにとらえるか。体の開きが早くなり、バットのヘッドも出てくるのが遅れている」と指摘する。これまでは鋭く力強いスイング軌道を描いたが、今年は体から遠回りしてしまい、球にパワーが伝わりきらないのだという。