パラリンピックへの道BACK NUMBER
東京マラソン9連覇、パラ五輪7度目!
土田和歌子、勝因は“いつも通り”。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2016/03/06 10:30
東京マラソン9連覇を達成。昨年の2レースではアクシデントが続いたが、3つ目の選考大会でようやくパラリンピック内定を決めた。
「やっと内定をとれた」
ガッツポーズとともにテープを切る。タイムは1時間41分04秒。選考基準の設定タイムを大きく上回り、リオデジャネイロ日本代表の内定を得た。
「やっと(内定を)とれました。車いすのレースが国際化され、有力な選手がそろう中でどこまでできるか不安もありましたが、非常にいい形でいいレース運びをすることができました」
土田は喜びを爆発させた。
土田は、大会までの日々、そしてレースでも「いつも通り」を意識していたと言う。もてる力を出し切ること、そうすれば勝負できると考えていた。
このところの大会では不本意な結果に終わっていた。昨年は代表選考大会の2つに出場。だが4月のロンドンマラソン兼世界選手権では、レースの前半でタイヤがパンクするアクシデントが発生し、7位。11月の大分国際車いすマラソンでは熱中症から棄権をよぎなくされた。迎えたのが選考大会3つ目の東京だった。
夏は5度目、冬季も合わせれば7度目のパラリンピック。
この流れを考えれば、プレッシャーはむろんのこと、焦りが生じてもおかしくはない。
なのにふだんどおりを意識し、その通りのレースをして見せた。仕掛けどころの判断力も光った。そこに、数々の大舞台を踏み、アクシデントを含め経験を積み重ねてきた土田ならではの底力がある。
経歴をたどれば、その長さに驚く。夏のパラリンピックは、2000年のシドニーを皮切りに、アテネ、北京、ロンドンに出場、リオで5度目になる。
シドニーの前は1994年のリレハンメル、1998年の長野と冬季パラリンピックに出場しているから、合わせて7度目のパラリンピックである。冬と夏をあわせれば20年を越えて、第一線にいることになる。
長野ではアイススレッジスピードレースで金メダル2個、銀メダル2個を獲得。夏季は複数の種目に出場しアテネ5000mの金を含め計4つ(公開競技1を含む)のメダル。夏冬両方での金メダリストでもある。マラソンでは、2013年に自身が持っていた世界記録を更新。今なお破られていない。