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9得点よりもスタイルの片鱗が衝撃!
城福体制のFC東京が覆した懐疑論。 

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飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

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photograph byJ.LEAGUE PHOTOS

posted2016/02/10 18:10

9得点よりもスタイルの片鱗が衝撃!城福体制のFC東京が覆した懐疑論。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

守備的な戦い方を選択した昨季の積み上げは、城福体制の礎として確かに機能している。

甲府時代に城福監督が身につけた現実感覚。

 チョンブリFC戦では前田遼一が、阿部が、水沼が、米本拓司が“主体的に”敵陣でボールを狩りに行き、奪ってはショートカウンターを繰り出した。遅攻においても1列目はもちろん、2列目、3列目の選手がペナルティエリアの中に飛び出していき、複数の選手たちによる連動した攻撃が披露された。

 新体制発表の場で城福監督は「短期間でアクションを増やすことはできない。春から秋になってようやく“ちょっとアクションの時間が多くなったんじゃない?”と言われるぐらい」と語っていたが、相手が弱かったことを差し引いても、チョンブリFC戦では早くも「アクションフットボール」のベースが構築されつつあることが見て取れた。

 かつて城福監督は「ムービングフットボール」を掲げ、ポゼッションスタイルにこだわっていた。主導権を握って戦うことが勝利への近道だと考えていたし、選手がボールにたくさん触って「楽しい」と感じることが成長に繋がると信じていたからだった。

 その考えは、FC東京の後に率いたヴァンフォーレ甲府時代も変わっていない。

 しかし、降格の危機と常に隣り合わせの戦いに身を置くことで、チーム作りにおける柔軟さは明らかに増した。日々のトレーニングを通して攻撃の質を少しずつ高めていく一方で、5バックで守り切る現実的な戦い方も取り入れた。

 ダヴィや柏好文といった主力選手を毎年のように引き抜かれても、山本英臣や石原克哉、盛田剛平といったベテランを輝かせ、既存の戦力を最大限に生かすことで2年連続J1残留を成し遂げた。

徳永、羽生が語る城福監督の変化と志向。

 そうした柔軟さは、現在も生きている。

 城福監督が前回指揮を執ったときから在籍している徳永悠平は、こう証言する。

「以前なら攻撃の形から作っていたと思うんですけど、今回は自分たちが(フィッカデンティ監督のもとで)積み上げてきた守備のエネルギーをまず尊重して、それをベースにしたうえで攻撃にもエネルギーを割いていこうと。そこは昔とはかなり違うと思います」

 同じく、羽生直剛もこんな風に語っている。

「城福さんの本来の志向は、自分たちが主体性を持ってボールを握るところにあると思うんですけど、別の顔というか、結果へのこだわりは以前より強いと感じます。城福さんは“東京の守備意識や球際、ゴール前での粘り強さはリーグ1、2位を争うチームだ”と言ってくれました。そのうえで、ハードワークは継続しながら、自分たちがボールを持ったら、もう少しだけ大事にしようよ、と」

【次ページ】 歓声に応えるのは、優勝を果たした時?

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