野球善哉BACK NUMBER
100周年の優勝投手・小笠原慎之介。
「今まで野球は楽しくなかったけど」
posted2015/08/20 19:40
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph by
Hideki Sugiyama
後ろに……といいかけて、小笠原慎之介は言い直した。
9回表、起死回生となる決勝の本塁打を振り返った時のことである。
「三振して帰ってくるわってベンチで言ってて、思い切り振っていこうって気持ちで打席に入りました。打球が、結構、深いところだったんで、行ってくれって思ってましたけど、最初は(ホームランだと)分からなかったです。うれしくて、ガッツポーズが出ちゃいました」
初めて小笠原が自身の殻を破った瞬間ではなかったか。
「後ろにつなぐ」ではなく「思い切り振ってくる」。そう言い直したところに小笠原のちょっとした心の移り変わりを感じずにはいられなかった。
この夏の小笠原の一挙手一投足を見ながら、気になっていたことがあった。それは、小笠原がどこか自分自身の中にリミッターを取り付けてピッチングしているように見えたからだ。「欲を持ってはいけない」という。
「試合では欲を持たずに戦う」こと――この方針こそがこの夏の東海大相模の強さを支えるものだとこれまで記事にしてきた。その一方、心の隅では「果たしてこの一方針だけでチームの全員が上手くいくのか?」とも思っていた。その疑問符を感じる代表格こそが、この小笠原だった。
「欲を持たない」のはチームの基本方針だが……。
捕手で主将の長倉蓮が気になることを話していた。
「欲を持たないっていうのは、自分がヒットを打ちたいとか、打者では自分が決めるとか、そういうことを思わないようにすること。その気持ちを持つことで、バッティングそのものを壊してしまってドツボにハマってしまいますから。チームの勝利に徹さなければいけない。それをピッチャーに当てはめると……三振よりも打たせて取る、ということですかね。三振を取るには3球必要ですが、打たせて取るのは1球でできますから。打者を打ち取ることこそがチームのためになると思います。でも、ピッチャーに関しては、バッターとは違って難しい部分があるのかもしれませんし……」