スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
スイッチピッチャーと綺想の系譜。
~遅咲きの29歳ヴェンディッティ~
posted2015/06/13 11:00
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph by
Getty Images
しばらく現れなかったので、意表をつかれた。そういえば'90年代にエクスポズの……とつぶやきかけて、名前がすぐには出てこない。そうか、あれはグレッグ・A・ハリスという投手だったな、と思い出すまでには何秒か時間がかかった。
けっこうにぎやかに報じられたからみなさんご承知だろうが、私は「スイッチピッチャー」の話をしようとしている。要するに、左右両投げ。漫画にはしばしば出てくるが、現実の世界ではめったに登場しない。ハリス以前は、1880年代にさかのぼる。当時はなぜか、けっこう優秀なスイッチピッチャーが出現した。トニー・マレイン('82年と'83年。もともと両投げ。グラヴをはめない時代だったので、両投げがしやすかった)、ラリー・コーコラン('84年。本来は右投げ)、エルトン・“アイスボックス”・チェンバレン('88年。本来は右投げ)。野球史の本には、しばしば彼らの名前が出てくる。
現地報道を尊重して「ヴェンディッティ」と呼ぶ。
さて、今回の主人公の名はパット・ヴェンディッティという。所属はオークランド・アスレティックス。日本の新聞やテレビでは「ベンディット」の表記が多いようだが、アメリカの放送では「ヴェンディッティ」と発音している。フランス語風に発音すれば「ヴェンディット」でもよいのだが、ここは一応、現地の報道を尊重して「ヴェンディッティ」と表記することにする。登場した試合は、2015年6月5日、ボストンで行われたレッドソックス対アスレティックス戦。
ヴェンディッティは7回裏から4番手で登板した。最初の打者は左打ちのブロック・ホルト。これを3-2のカウントから一塁ゴロに討ち取る(左で投げた)が、次打者ハンリー・ラミレス(右打ち)には三遊間を破られる(右で投げた)。
3人目の打者はマイク・ナポリ(右打ち)だった。ヴェンディッティは右腕で全力投球し、この日最速の138キロをマークする。ナポリは4-6-3の併殺打に倒れる。これでまず1イニング。
ヴェンディッティは8回裏にもマウンドに登った。先頭のザンダー・ボガーツ(右打ち)には9球を費やしたが遊ゴロに仕留め(右で投げた)、次打者ムーキー・ベッツ(右打ち)もライトフライに討ち取る(やはり右投げ)。