野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
巣鴨のとある弁当屋の“ヤクルト魂”。
「仕事中に試合を見るために……」
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byHidenobu Murase
posted2014/10/06 10:40
店主・峰岸さんの明るい笑顔。注文から提供まで非常にテキパキとスピーディーなため、野球中継をじっくり見ることはなかなか難しい。庚申塚店は都電荒川線、庚申塚駅からすぐの場所にある。
弁当を待つ時間じゃ、1打席も見られない!
店主はヤクルト愛に満ち満ちた人なのだろう。だが……弁当屋でスワローズの試合を全試合放映する必要があるかといわれたら、ない。だが、ここには存在している。なぜだ。筆者は一抹の不安を抱えながら、この店の敷居をまたいでみた。
「いらっしゃいませー!」
屈託のない笑顔でお兄さんが出迎える。唐揚げ弁当を注文してみると「ありがとうございます!」と元気よく答え、兄さんは弁当を作りに奥の厨房へと行ってしまった。
さて、野球だ。カウンターのテレビに目をやると、ちょうどプレーボールが掛かり、バッターボックスにスワローズの1番打者・山田哲人が入るところだった。今シーズン急成長を遂げ、すっかりチームの顔になった山田。首位打者争いを繰り広げるだけでなく、日本人最多本塁打を放つ長打力も含め、華も実もあるスター候補は、今のヤクルトで最も見ていて楽しい選手であるといっても……。
「お、お待たせしました! 唐揚げ弁当です!!」
……早い、早いよ! バッター1人分も待ち時間を作ってくれないスピーディな提供。ホカ弁のお手本とも言うべきさすがの職人技であるのだが、その仕事の早さ故に、このヤクルト戦中継サービスの意義は限りなく無に帰す。
ここで食べる場所もない。けど、見ていたら弁当は冷める。家に帰るしか手がない……。結局、家に帰り唐揚げ弁当を食べながら考えた。一体、店主は何を考えてこのサービスをしているのだろうか。
「ヤクルトが、好きなんですよ」
別の日。ヤクルト弁当の店は今日も店先でヤクルト戦を中継していた。店の名は「つるや」という。調べてみると、昭和27年にこの庚申塚に店を構えて以来、界隈に4店舗を展開する、地元に愛された結構有名な老舗弁当屋らしい。その日はチキン南蛮弁当を頼んだついでに、思い切って声をかけてみた。
「野球、好きなんですか?」
笑顔だった店主の顔がますます明るくなる。
「ああ~、これですか? ヤクルトが、好きなんですよ」
……見ればわかる。あちこちからヤクルトがにじみ出ているのだから。
こちらの店の店主をしている彼は峰岸拓矢さんといった。ヤクルトファン歴約20年の巣鴨っ子。お祖父さんが創業した「つるや」の本店を数年前に受け継ぎ、ちなみに久古健太郎投手とは中学の同級生らしいが、ヤクルト歴は峰岸さんの方が上。