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ソチ五輪男子滑降の王者は23歳!?
ベテラン優位の競技を制した「初心」。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byGetty Images
posted2014/02/14 10:40
マイヤーのワールドカップでのダウンヒル(滑降)における最高成績は、昨年12月29日に行なわれたボルミオ大会での5位。まさしく伸び盛りのタイミングでの金メダルだった。
雪煙がほとんど立たない、年齢に似合わぬ老獪な滑り。
ソチのコースは急斜面からはじまり、すぐに大きく右にターンしなければならない。いきなりトップスピードに入ってその直後にターンするのだからなかなかむずかしい。ミスは許されないが、慎重に入りすぎても中盤の緩斜面のスピードの乗りに響く。
マイヤーは序盤、あまり目立った出だしではなかった。だが、最初の大きなターンを無事に切り抜けたあたりからは徐々に順位を上げ、緩斜面でも落ちることなくラップを維持して、最後はタイムで先行するノルウェーのヤンスルードを0秒1かわしてトップに立った。その後、イタリアのインネルホファーに0秒06まで迫られたがついに抜かせず逃げ切った。
若い23歳なので、細かいライン取りなど気にせず、ガッツとパワーで突っ込んでいくかと思ったが、実際のレース運びは力感をあまり感じさせない、スムーズで老獪なものだった。雪煙が立つような場面がほとんどなかったのは、体重移動が的確なことを示していた。
面白かったのは旗に触れる場面が多かったことだ。滑降は旗をなぎ倒しながら旋回するスラロームと違い左右の旗の間を通り抜けるもので、旗に触れる場面はそれほど多くない。触れても触れなくてもレースにそれほど影響はないが、あまり深く触れると当然スピードが緩むので、ねらって触れてゆくようなことはない。
「勝利の経験値」に勝利したマイヤーの「初心」。
ところがマイヤーは、軽くタッチするような感じで何度か旗に触れながら、ラップを落とすことなく滑りきった。これだけなら偶然かと思ったのだが、実はマイヤーの前に最速を出していたヤンスルードもマイヤーほどではないが、旗に触れる場面が多かった。それがあったので、もしかするとマイヤーは意図的に旗に接触したのではと推測した。ライン取りの指針として旗を使ったのではないか。
マイヤーは3回の公式練習で一度はトップのタイムを叩きだしていた。そのとき、このコース設定なら旗が指針になると察知したのではないだろうか。
ワールドカップでポイント上位にいるベテランは、自分たちの経験値を生かせなかった。ソチのコースは誰もみなあまり滑ったことがなく、練習も好きなだけできるわけではない。スビンダルにしても、ミラーにしても、実戦では自分の経験値を指針にしただろうが、それで対応しきれるほどソチのコースに関する情報の蓄積はなかった。
マイヤーには「勝利の経験値」はなかった。だからシンプルに旗の指針に従った。前半の急斜面は指針云々よりもコースアウトしないように慎重に行き、中盤以降に旗を頼りに追い上げてなだれ込む。よけいなことは考えない。マイヤーから聞いたわけではないが、おそらくそんなプランではなかったか。経験に頼らぬ初心が勝ったのだ。