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2勝目の村田諒太、未だ発展途上。
世界への“3年間”を人は待てるのか。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byAP/AFLO
posted2013/12/09 11:45
世界への長い道を歩き始めたばかりの村田諒太は1月で28歳になる。対戦相手とともに時間とも戦う金メダリストは、勝利後のインタビューで「不細工な試合をしてすいません」と観客に詫びていた。
ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(三迫)が6日に行われたプロ2戦目でデイブ・ピーターソン(米)から8回TKO勝利を収めた。前半やや苦しみ、後半に突き放したこの試合を検証してみよう。
鳴り物入りでプロデビューしたボクサーの2戦目である。ましてや対戦相手のピーターソンは13勝8KO1敗という好戦績を残しているとはいえ米国でも無名のボクサー。故郷ミネソタで家具配達の仕事を本職にしているという27歳が相手なのだから、勝って当たり前、豪快にノックアウトして当たり前、と周囲の期待が高まるのは無理もなかった。
そうした心理か、試合前半の村田はとりわけ苦しんだように見えたかもしれない。頭の位置を絶えず動かすピーターソンに対し、村田はガードを固めて前に出るのだが、繰り出す右ストレートは空を切るばかり。逆にピーターソンがテンポよくパンチを出して攻勢をアピールしていくと、両国国技館には「どうした村田」の雰囲気も。4回にピーターソンの右が村田の顔面をとらえると「まさか」のムードも漂わないわけではなかった。
なぜ前半ピリッとしなかったのか。村田は試合翌日、次のように説明した。
「重心が高くてジャブが出せていなかった。何よりブロックして(ガードを固めて)前に出ていくスタイルでこのくらいの相手なら倒せる、という慢心があったのかもしれない」
ジャブと強い右、2つのテーマに混乱してしまった。
村田を指導するトレーナーのイスマエル・サラス氏の解説はこうだ。
「試合の前からジャブを出すように指示は出していたが、強い右ストレートを打つこともテーマだったので、最初は混乱してしまったのだろう」
プロデビューを決意して以来、村田は一貫してアマチュアスタイルからの脱却、プロ仕様への変更に取り組んでいる。それは12ラウンド(アマチュア時代は3ラウンド)を戦い抜くスタミナの獲得から、ヘッドギアがなく、薄いグローブに対応したディフェンスの習得にいたるまで多岐にわたっている。同じボクシングとはいえ、アマチュアとプロではかなりの違いがあり、やるべきことは山のようにあるということだ。
強い右ストレートを打つこともそうしたテーマの一つだった。試合前の練習で村田は何度も右ストレートの打ち方を確認していた。ジャブへの意識が少し薄れたとしても無理はない。それがサラスの指摘する「混乱」に結びついたのではないか。