オフサイド・トリップBACK NUMBER
日本サッカー界に新たな黒船到来か?
清水のゴトビ新監督が起こす革命。
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byGetty Images
posted2010/12/21 10:30
名門大学UCLAで電子工学を学んだゴトビ監督。卒業後は少年サッカーの指導から始まり、後にアヤックス、ロサンゼルス・ギャラクシー、大宮アルディージャ、水原三星などのチームでも強化に携わってきた
「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺があるけれど、個人的には来年が楽しみでならない。1月に行われるアジアカップへの期待、香川をはじめとする「欧州組」の動向。そしてもう一つは……清水エスパルスの監督にアフシン・ゴトビ氏(現イラン代表監督)の就任が決まったことだ。
実はゴトビ氏には、数年前に取材をしたことがある。目的は韓国代表でフース・ヒディンク監督の右腕として戦術データの分析を担当していた氏に、ヒディンクマジックの秘密を聞くことだった。インタビューの席上、氏が「今回は特別だよ」と前置きしながら見せてくれた戦術分析の資料は、非常に興味深いものだった。
パワーポイントのファイルをクリックして立ち上がったのは、ハリウッドシネマのオープニングと見紛うばかりの映像。「@月@日、対××戦」というメインタイトルと共に、映画「ロッキー」のテーマソングのようなBGMが流れる。
なんだこれはと呆気にとられていると、はるかにインパクトの大きい本篇が始まった。
圧倒的に緻密で分かりやすかったゴトビ氏の戦術分析映像。
最初に表示されたのは対戦チームの詳細な分析。フォーメーション、システム、キープレイヤー、攻撃と守備のパターン、過去の戦いぶりなどがパワーポイント独特の飾り文字や矢印、試合の映像を通して詳細、かつ端的に解説される。
続いてノートパソコンの画面は、相手チームの攻略法に移る。守備の局面ではドリブルやパスを効果的に防ぎ攻撃の芽を摘んでいく方法が、攻撃の場面では敵のディフェンスラインをどう突き、ゴールをいかに狙っていくかが、これまた実にわかりやすく示されていた。選手が肝に銘じなければならない項目が、何度となく強調されるのは言うまでもない。
もちろんそれまでも様々な取材を通じて、プロの監督やコーチが専用の分析ソフトやデータベースで作った“極秘資料”を見せてもらったことはあった。また今日では高校サッカーやユースチームなどでも、この手の分析を行うのは一般的になってきている。
しかしゴトビ氏が見せてくれた資料は、分析の的確さと指示の分かりやすさにおいて群を抜いていた。極端な話、この資料さえ見ていれば、スポーツと名のつくものにとんとご無沙汰で10メートル走れば息があがってしまう自分でも、マルディーニを翻弄したりモリエンテスを完璧に封じることができるのではないかと思ったほどだ。
グアルディオラ監督もCL決勝前に選手に見せたビデオ映像。
戦術の説明がひと通り終わった後は、再びイメージクリップが流れる。そこには勝利にむせび泣くファンの姿や、韓国の選手がゴールを決めて雄叫びを挙げる映像がちりばめられていた。
これは2年前のCL決勝でバルサがマンUと対戦した際に、バルサのグアルディオラ監督が「グラディエーター」のDVDを選手に見せて士気を高めたのと同じ手法である(ちなみにゴトビ氏は、映像資料をポジション別に編集し、選手がiPodで閲覧できるようにするという斬新なアイディアを温めていることも明かしてくれた)。
ヒディンクはゴトビ氏を「韓国躍進の陰のキーマンだ」と常々語っていたが、まさに看板に偽りなし。当時はジーコが日本代表の監督で、戦術に関しても「3バックか4バックか」といったレベルの議論が真っ盛りだっただけに、ゴトビ氏のような人物が日本にもいたらなぁと嘆息したのをよく覚えている。