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イチローに試練の2012年が来る……。
シアトルか、優勝か? それが問題だ。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byGetty Images
posted2010/09/28 10:30
シアトル一筋に来たイチローだが、「東海岸の名門チームならその名声は数倍」という意見は昔からあった。野球人生の後半戦になって、彼はどういう判断を自らに下すのか……
ジョージ・シスラー。
ウィリー・キーラー。
タイ・カッブにピート・ローズ。
10年に及ぶイチローの功績は、新たな記録に挑戦するたびに、過去の名選手に彩りを与えることだと思う。
記録集の中でシスラーやキーラーの名前はただの記号に見える。モノクロームの世界だ。ところがイチローが彼らの残した業績に挑んでいくことで、過去の名選手がモノクロの世界から、色彩をともなって蘇ってくる感じがするのだ。
その意味で、イチローは過去と現在をつなぐ稀有な人材なのである(その他では、ジーターの存在には誇り高きヤンキースの遺伝子が組み込まれていると思うし、ジャイアンツのリンスカムのダイナミックな投球フォームに1960年代の投手たちを重ね合わせたりすることもできる)。
来季のプレーオフ、マリナーズでプレーする可能性は?
数々の記録を塗り替え、WBCでの優勝も経験してもはや殿堂入りは確実と言っていい状況になっているが、イチローのキャリアのなかで、パズルのピースとして欠けているのがワールドシリーズ優勝である。
ワールドシリーズで勝つのはむずかしい。過去の名選手、たとえば「最後の4割打者」、テッド・ウィリアムズだって1946年に一度だけしかワールドシリーズに出場していない。
それでもせめて、プレーオフでのイチローのユニフォーム姿を見てみたいと思うのは贅沢だろうか。
いや、そうは思わない。アメリカのメディアはどうしても東海岸が中心であり、イチローには実績にふさわしい敬意が払われてきたとは思えない。それを覆す意味でも、プレーオフでの結果が欲しいところだ。
今季はクリフ・リーを獲得し、地区優勝候補の一角と私個人は思っていたのだが、現実的には100敗しかねない状況であり、来季に大幅なリバウンドを期待するのはむずかしい。
歴史的に見て60勝台のチームが、翌シーズンに90勝をマークするのはむずかしいと言わざるを得ない。たとえば1991年、ワールドチャンピオンになったツインズは前年の74勝から95勝に飛躍的に勝利数を伸ばしたが、どうにかこうにか20勝前後というのが可能範囲で、さすがに30勝の上積みは難しい。
もし優勝を狙うとするなら大胆な変革を行わなければならず、それには元手――予算も必要だ。そう考えると、来季のマリナーズが経営面から考えてもプレーオフに到達する可能性は高いとは言えない。