MLB東奔西走BACK NUMBER
イチローは何のために打ち続ける?
偉業達成の姿に重なる、あの“剣豪”。
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGetty Images
posted2010/09/24 12:30
9月23日敵地ブルージェイズ戦。5回一死一塁で迎えた第3打席で、イチロー選手が鮮やかなライナーでセンター前安打を放った。
第2打席の左翼線二塁打に続きこの日2安打目。
この瞬間、今シーズン152試合目で、前人未到の10年連続200安打を達成した。これで通算10回というピート・ローズの持つメジャー記録にも並び、長いメジャーの歴史をひもといても「シーズン200安打」という領域でイチローの前に立つ人物は誰も存在しなくなった。
今季、イチローに対する“ある疑念”を解き明かすべく、彼の発言を注視してきた。試合後に発する数少ない言葉を注意深く拾い集め、イチローの心理状態を探る方策をとっていった。どうしても気になっていた、その疑念とは……。
“今シーズンのイチローは何のためにヒットを打ち続けているのだろうか”
あまりに単純すぎる命題ではあるが、やはりここからでしかイチローの本質が見えてこないと思っていたのだ。
今季ほどイチローがチームの勝利を願ったことはない!
イチローは以前からシーズンを戦う指標の1つとして200安打という数字があることを公言していた。だがそれはあくまでも「指標」としてであって、イチローの「目標」ではなかったのだ。
いうまでもなく、野球選手である限り究極の目標はチームの勝利である。
WBCの2度のシャンパンファイトで見せた、人目を憚ることもなく純粋なイチローのはしゃぎぶりを見ればわかるように、イチローほどチームの勝利の瞬間に飢えている選手はいないはずなのだ。実際、シーズンオフにフィラデルフィア・フィリーズからサイ・ヤング賞投手のクリフ・リーをマリナーズが獲得した時も、「テンションが上がる!」と発言し、チームが本気で優勝を狙う姿勢となったことに喜びを隠そうとはしなかった。
しかしいざシーズンが始まるとチームは低迷を続け、チーム内には常にゴタゴタが絶えず、イチローの良き理解者だったケン・グリフィーJr.を皮切りに、リー、ドン・ワカマツらが次々とチームを去っていった。今季の開幕前は、優勝候補に挙げられるほどだったマリナーズ。イチローも今シーズンに賭ける思いが強かったことが想像できるだけに、失望もその分だけ大きかったはずなのだ。
今季一番の目標を早々に失ったイチロー。
だからといってその目標を個人記録にシフトさせたのかというと、それは絶対にあり得ない。そもそもイチローが何度となく批判されている“チームのことを考えない個人プレーヤー”ということ自体がまったくの絵空事でしかないのだから。