スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
パート4の実現と電撃カウンター。
~パッキャオの墜落で想起した一戦~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2012/12/15 08:01
第6ラウンド終了間際に飛び出したマルケスの右に沈んだパッキャオ(写真左)。13年ぶりに喫したKO負けだった。
実力伯仲の好敵手だからこそ実現した第4戦。
そんなふたりであってみれば、パート4が実現したのも不思議ではない。たしかに昔は、シュガー・レイ・ロビンソンがカール・ボボ・オルソンやジーン・フルマーと4度ずつ戦った。ジャージー・ジョー・ウォルコット対エザード・チャールズ、ボビー・チャコン対ラファエル・リモンの対決もパート4までもつれた。いや、もっと凄まじい因縁試合がある。シュガー・レイ・ロビンソンとジェイク・ラモッタなどは都合6回も戦っている。映画『レイジング・ブル』を見た人なら、きっと思い出すはずだ。
というわけで、パッキャオとマルケスは21世紀初のパート4に挑んだ。
ふたりの最初の戦いは、2004年5月にさかのぼる。このときはフェザー級での戦いで、マルケスは初回に3度のダウンを喫しながら引分けに持ち込んだ。2度目は'08年3月のスーパーフェザー級での戦い(パッキャオが2対1の判定勝ち)、そして3度目が'11年11月のウェルター級での戦い(パッキャオ2対0の判定勝ち)。
パッキャオ陣営は「引退と再戦の可能性は五分五分だ」。
それが今度は、絵に描いたような「完全決着」がついてしまった。パッキャオが倒れた瞬間、私は50年前の凄い試合を思い出した。1963年、日本フェザー級王者だった高山一夫が、東洋ジュニアライト級王者の勝又行雄とノンタイトルで戦い、一方的に試合を進めながら、やはり6ラウンドに勝又の強烈な右カウンターを食らってマットに沈んだ一戦だ。一度は立ち上がった白いトランクスの高山が夢遊病者のようによろめいていた姿は、いまだに忘れられない。
パッキャオも数分間、気を失っていた。意識を取り戻した彼は「ボクシングにはこういうこともある」と悪びれずに語った。ふたりとも好漢だし、マルケスとフロイド・メイウェザーでは手が合わないだろうから、もしかするとパート5が実現する可能性もあるのではないか。
『スポーツ・イラストレイテッド』が発表した最新の「パウンド・フォー・パウンド」では、マルケスが3位に上がり、パッキャオが6位に沈んだ。この試合のファイトマネーは、パッキャオが2600万ドルで、マルケスが600万ドル+PPV(テレビ有料放送)の分配金。つぎに戦えば、また巨額の金が動き、今度はマルケスの稼ぎが跳ね上がるだろう。パッキャオの導師フレディ・ローチは、「引退と再戦の可能性は五分五分だ」と述べている。