濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
敗北を知り天才少女が蝶となる……。
挫折を乗り越えた神村エリカの成長。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph bySusumu Nagao
posted2012/12/09 08:01
12月2日、TDCホールで行なわれたRISEとM-1MCの合同興行。4カ月ぶりの試合となる神村エリカは16歳にして120戦のキャリアを誇るタイのローマ・ルックブンミーと対戦。3R、TKOで勝利しWPMF世界女子ミニフライ級王座に返り咲いた。試合後、涙ながらに勝利の喜びを爆発させた。
格闘技の醍醐味であるKO、その魅力を今、最も体現できる選手の一人が神村エリカだ。
パワー不足のためか、あるいは肉体的に柔軟で打たれ強いのか、女子の試合でKOは少ないのだが、神村は“倒して勝つ”ことにこだわる。25勝13KOというレコードは、女子格闘家として破格と言っていい。
12月2日、TDCホールで開催されたRISEとM-1ムエタイチャレンジの合同興行で、神村はタイのローマ・ルックブンミーを3ラウンドKOで下し、WPMF世界女子ミニフライ級タイトルを獲得した。26勝目、KOは13から14へ。国際タイトルを獲得したのは4度目だ。決して節目の大きな勝利だったというわけではない。
だが、勝った瞬間に彼女は号泣した。インタビュースペースで試合を振り返っている時にも、再び涙があふれ出る。いつもの勝利は、しかし格別な勝利でもあったのだ。
中学時代に頭角を現した天才少女が味わった2度の敗北。
キャリア3敗のうち2つを、神村はこの1年ほどで経験している。昨年11月、ライバルのRENAに敗れてホームリングであるRISEの初代女子王座を逃し、連覇をかけて臨んだ今年8月のシュートボクシング女子トーナメント『Girls S-cup2012』では1回戦負け。
敗因は、ペースを乱されたことだった。RENA戦では“KOしたい、打ち合いを見せたい”という心を見透かされたのか、相手の距離で闘ってしまった。あえて試合のペースを落とし、冷静にポイントを重ねるRENAの前に、神村のパンチは空転するばかりだった。『Girls S-cup』も、まったくいいところがなかった。パワーファイターであるロレーナ・クラインのケンカ殺法、つまり強引な突進と投げに“攻防”をさせてもらえない。
どちらの試合も、見ていて焦りと苛立ちが手に取るように分かった。中学時代から“天才少女”として注目され、「昼間のプロ練習に出たいから」と通信制の高校を選んだ彼女は、どんな相手でも実力でねじ伏せてきた。それだけに“まともに闘わせてもらえない”ことが大きな落とし穴になったのだ。
自分のパンチだけを信じ、我慢の末に掴み取った勝利。
今回も、RENA戦やクライン戦と同じような展開になりかけた。ムエタイ流の首相撲を得意とするローマは、神村が前進してきた瞬間に組み付いてヒザを放つ。一発もらっても、二発目は許さないという作戦だ。神村は得意の連打が出せない。マットに転がされて顔面にヒザを落とされる場面もあった。
それでも、この日の神村はペースを乱さなかった。首相撲でやり合うのではなく、ロープに押し込んでブレイクを待つ。観客としてはヒザ蹴りの打ち合いも見たいところだったが、神村は自分のパンチだけを信じ、ひたすら我慢した。首相撲に“対処”はしたが“対抗”はしなかった。相手に付き合うことの怖さを、過去の悔しさから充分すぎるほど学んでいたのだ。