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新米監督の「栗さん」が
勝てた理由を考えてみる。
~栗山英樹・著『覚悟』を読む~
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph bySports Graphic Number
posted2012/10/25 06:01
『覚悟 理論派新人監督は、なぜ理論を捨てたのか』 栗山英樹著 KKベストセラーズ 1300円+税
プロ野球の監督は日本に12人しかいない。確率的には紅白歌合戦に出るより、都道府県知事になるより難しい。
群雄割拠のプロ野球、その歴史は個性派監督によって紡がれてきた。魔術師、親分、俺流、闘将……。我々は優れた監督を名将、智将と呼び、その人心掌握術や用兵術を武将に準なぞらえて語る。その根底には、わずか12人の監督は大人物でなければ務まらないという考えがある。
だからこそ、北海道日本ハムファイターズの新監督に栗山英樹が決まったとき、ファイターズ党の筆者は違和感を覚えた。ゴールデングラブ賞を獲ったとはいえ、現役時代の彼は一流選手だったとは言い難い。引退後の現場経験は皆無で、貫禄もない。なにより古舘伊知郎が呼びかける「栗さん!」では心許ないではないか。ダルビッシュ有が去り、菅野智之も来ないという正念場のシーズンに、新監督は若葉マーク……。この球団は何もわかっとらん! 愚痴るばかりのオフであった。
栗山自身、監督候補に挙がって驚いたという。本書『覚悟』にこう綴っている。
「自分に監督のオファーがあるなんて、夢にも思わなかった。あちらこちらで『まさか』という声が上がったと聞くが、無理もない。誰よりも驚いたのは間違いなく自分自身だったのだから」
実績よりも爽やかさ。日本ハムにとって栗山は「理想の婿」だった。
あれから一年が経ち、わかったことがある。何もわかっとらんかったのは、筆者であった。'04年の北海道移転を機に「球界の常識」から解き放たれたファイターズにとって、この監督人事には確たる理由と勝算があったのだ。
実績や伝説を持たない栗山は、新生ファイターズにとって「理想の婿」だった。
ヒルマン、梨田昌孝、栗山と並ぶ移転後の監督に共通するのは、武将の重厚感や謀略と無縁の青年の爽やかさだ。親会社の日本ハムが主婦層を顧客とする以上、監督は爽やかでなければならない。俺流や闘将に「シャウエッセン」は売れない。
球界では、監督が代わるとコーチも変わる。武将が子飼いの家臣団を連れてきて、新たな秩序を築くのだ。だが移転後、監督に左右されないチーム作りに着手し、結果を出してきたファイターズは、強烈な色を持つ大監督を求めていない。つまり球団は、栗山の弱点である経験のなさを買った。すべては逆転の発想である。