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お江戸の中心部をグルッと巡る。
外堀通りは不思議な名所密集地帯! 

text by

疋田智

疋田智Satoshi Hikita

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photograph bySatoshi Hikita

posted2012/06/27 06:00

お江戸の中心部をグルッと巡る。外堀通りは不思議な名所密集地帯!<Number Web> photograph by Satoshi Hikita

市ヶ谷駅の遠景。外堀沿いにはJR総武線など重要な鉄道も走る。ちなみに、この市ヶ谷駅から飯田橋駅の間の外堀直下には、地下鉄の広大な車庫が広がっている。

豪華すぎて日本人は委縮!? 四谷の“ベルサイユ宮殿”。

 その紀伊国坂という坂、緑の中をひたすら突っ切る、都心の中のスペシャルな坂でありましてね。右手は赤プリ&ニューオータニが緑の中に突っ立つ、優雅な高級ホテル地帯。で、左手にも一面の緑だ。それが、ずうっと続く黒塀(本当は灰色屏)&石垣の中からチラチラと見えている。

 塀の中に何があるかというと、坂を上りきって、左後ろを振り返ると、正体が分かる。

 鉄柵の中のバタ臭い建物。

 迎賓館なのだねぇ。

 建物ができたのは明治42年。鹿鳴館の流れをくんで東宮御所としてスタートした。つまり、もともと迎賓館として建てられたのではなかった。

カミさんと息子とディズニーランド……じゃなくて、鹿鳴館の流れを汲んだ由緒正しい欧風建築である迎賓館。ここにずっと住みなさいと言われたら、確かにツライかも。

 そのネオバロック調の風体は、あまりに西洋風で、あまりに華美、さらにはあまりに使い勝手が良くない、ということで、東宮(後の大正天皇だ)御所としてはほとんど使われず、その後、赤坂離宮となり、それでもほとんど使われず、さらに色々紆余曲折があった後に、昭和49年に、ようやく現在の用途である迎賓館となった。

 迎賓館としては、比較的新しいのである。

 しかしながら、外国からの賓客をなにゆえヨーロッパ調の建物でお迎えせねばならんのか、というところに前々から疑問がある。迎賓館ってやつは、実は和風のものが京都にもあって、私ヒキタから見ると、そちらの方がなんだか風情があるという気がするんだなぁ。

 まあいい。実はこの迎賓館、年に何回か、門が開いて一般開放される時がある。ミーハーなヒキタ嫁は、その際に息子を連れて入った。それがここの写真。もう2年前。写真当時、息子は2歳で、現在4歳になった。どうでもいい話だが、ここのすぐ向かいに上智大学があって、カミさんはそこに通っていた。当時18歳。現在は○8歳。時は経つな。

行ってみたら怖くなかった! 四谷怪談、お岩さんのお稲荷さん。

 迎賓館、上智大学、と、ちょっとお上品系な施設がふたつ。しかしながら、全国区で四谷と言えば!? もちろん「四谷怪談」じゃろうて。

 非道の旦那・伊右衛門に惨殺されたお岩さんの悲しくも怪奇な物語である。

 これ、私の少年時代には「実話」「真正の恐い話」「マジ祟りがある話」と、ことさらに喧伝されたことがある。いわく「四谷怪談の映画を撮る際には、関係者一同が四谷のお岩さんのお参りをしないと、祟りがある」「それをしなかった俳優や監督などは、その後、必ず不慮の死を遂げた」なんてことになっていた。

 そのお岩さんを祀った、その名も「お岩さま稲荷」が、四谷にあるという。そりゃ行ってみなくてはなるまい。

 というわけで、ちょっと外堀通りから離れて、新宿通りを左折し、四谷三丁目あたりまで行ってみる。地図上では離れているように見えるけど、自転車でわずか5分。こうした「ちょっとした寄り道」こそ自転車の真骨頂だね。

ただただ清々しい趣のお岩さま稲荷の正面。

 で、行ってみてびっくり。

 確かに、通称「お岩さま稲荷」の、於岩稲荷田宮神社は、四谷三丁目交差点の近く、左門町に実在した。

 しかしながら、それは、おどろおどろしいどころか、住宅地の中の明るい神社であって、そもそもお岩さんの話が、全然、違うのだ。

 私は当初「悲しいお岩さんを弔うために建てられた神社」だと堅く思い込んでいた。

 逆。この神社は驚くほどにフレンドリーな神社で、縁起と謂われが(怪談の成立まで含めて)、境内に事細かに記してある。以下、要約してみよう。

【次ページ】 四谷怪談は、実はまったくの作り話だった!?

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