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<FW不在論をめぐる空想> デルボスケの憂鬱 ~ユーロ連覇に挑むスペインに死角はあるか?~
text by
荻野洋一Yoichi Ogino
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2012/05/25 06:02
ビエルサの遺伝子がスペイン代表に注入されたら……?
しかも、ビエルサの遺伝子はジョレンテにとどまらない。守備的MFとCBの両方をこなせるハビ・マルティネスは当確として、現地ではイケル・ムニアインやオスカル・デ・マルコスといったビルバオの若手MFもサプライズ招集されるのではないかと囁かれている。19歳のムニアインはすでにベネズエラとの親善試合(2月29日)に初招集され、先輩たちの前で大胆不敵なプレーを披露した。
もし今後、ビエルサの遺伝子が本格的に代表に注入されるようなことがあれば、スペインは急激に別のチームに変貌する可能性を秘めている。
ビエルサ型の緻密な戦術とハードワークは、スペイン代表が王者の看板にあぐらをかかないために有用なレッスンではあるだろう。
とはいえ、激しい上下動、執拗なマン・ツー・マン守備、ポジション間のきめ細かいスライド、そして相手チームに対するマニアックなまでの急所さがしを信条とするビルバオ・サッカーは今のところ、「エル・ロコ(変人)」の異名を持つビエルサだけがなしうる異端の宇宙である。
侯爵はグアルディオラ型の面倒なチューニングに明け暮れたり、「エル・ロコ」型の異端レッスンで汗をかいたりするだろうか。
“成功体験の再生産”を選ぶのか、それとも――。
“骨の折れるレッスンをいちいち始めずとも、監督人生最後の舞台を有終の美で飾ることは可能だ”と達観し、侯爵が妥協してしまう恐れは残る。現在のスペイン代表は、チームの成熟度と個々の能力の高さゆえに、過去の成功体験を再生産するだけで大会を乗り切る、という横着な選択肢をえらぶことのできる稀有な集団だからだ。
それでいて無敵艦隊には、風変わりで冒険心あふれる航路が、期せずして2つも用意された。“食べ慣れた定食とデザートだけでじゅうぶんに満足できる”と内心思いながらテーブルに着いた飽食児童の前に、妙なエスニック料理や新発明の料理がずらりと並んでいる光景を想像していただきたい。侯爵の不機嫌は、無意識の食欲減退に似ているのである。
しかし、この不機嫌を打ち消し、グアルディオラとビエルサという年下の船頭が指し示した航路を進むことによって、彼は、おのれの憂鬱をアクロバティックに真の成功へと転化させることができるのではないか。そしてその時、スペイン代表も新時代を迎えるのではないか。今夏、その答えが出る。