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<FW不在論をめぐる空想> デルボスケの憂鬱 ~ユーロ連覇に挑むスペインに死角はあるか?~
text by
荻野洋一Yoichi Ogino
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2012/05/25 06:02
スペイン代表は「素材」だけでも十分に勝負できる。
しかしデルボスケ監督は、今日も御機嫌ななめだ。
末はバルサかビルバオか。侯爵が迫られた選択とは?
ユーロ2012の優勝候補筆頭はスペインである。たしかに2008年大会の得点王ダビド・ビジャがスネを骨折して半年も戦列を離れ、フェルナンド・トーレスも全盛期の輝きを失って久しい。まさに両エース「不在」の状況ではあるが、それでもスペインが誇るタレントの豊饒さは、底なしの楽観主義へと駆り立てずにはおかない。
彼らが仮に優勝を逸することがあるとすれば、それは何かの「間違い」が起こった時だろう(その「間違い」の歴史がスペインの歴史なのだが)。
にもかかわらずスペイン代表監督のビセンテ・デルボスケは、憂鬱なる日々を送る。
両エースの「不在」だけが理由ではない。ユーロ開幕を控えた今、彼に憂いをもたらすものを解き明かすことは、無敵艦隊の眼前に広がる、未知の航路をさぐることにもなる。
もともとデルボスケという人物には、どこか謎めいたところがある。
彼はレアル・マドリーを率いてチャンピオンズリーグを2度制し、2010年のワールドカップではスペイン代表を初優勝に導いた。実績から見て申し分のない名将ではある。国王フアン・カルロス1世も、無敵艦隊の隊長たる彼に「侯爵」の称号を贈って祝福した。
だが、ニセ魔術師のごとき風貌をもつ彼の影は薄い。その理由は彼自身がそうした稀薄さを望んでいるからにほかならない。かつて侯爵は、取材の席でかくの如く曰った。
「ロッカールームの空気を見定め、選手にそっと指示を出す。ロッカールームがいい雰囲気であることが重要なのだ。
両エースの「不在」は、むしろ千載一遇の好機となるのか?
まずは自分好みのフォーメーションを決め、その上で選手には個々のプレースタイルに合った役割を与えてやればいい。練習では、選手の健康に気をつける。最後に、マスコミといい関係を築いておくこと。これがよい監督のための4カ条といったところかな」
なんだろう、この弛緩しきった好々爺ぶりは。タレント集団が外道を歩まぬよう気遣いつつ、「強いチームは強い」というトートロジーを心穏やかに完成させればよい。2010年のスペインは、その2年前にルイス・アラゴネス監督が率いたチームの50%程度の出来に過ぎなかったが、デルボスケの世話女房的な操縦法によって、予定どおり優勝のノルマを果たした。
その意味で両エースの「不在」は、むしろスペインにとって新しい航路に乗り出す千載一遇の好機ともなりうる。しかも侯爵の着席したテーブル上には、災い転じて福となすためのメニューが、2枚置いてあるのだ。