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<ナンバーW杯傑作選/'93年11月掲載> 夢の終わり、真実の始まり。 ~ドーハの悲劇。ラスト10秒で地獄へ~
text by
大住良之Yoshiyuki Osumi
photograph byNaoya Sanuki
posted2010/05/11 10:30
誰もが日本の勝利、そしてW杯初出場を確信した。
だが、対イラク戦では再びチームはリズムと決断を失った。対北朝鮮戦、対韓国戦では「失う物のない者」として戦い、勝利をつかんできたのが、この試合では、ふたたびプレッシャーがチームに覆いかぶさってきたのだ。対するイラクは、逆に前の2試合の日本のように「失う物のない者」としてすべてを賭けたプレーを展開してきた。日本は前半のただ1回の好プレーを生かして1点をリードしたものの、レフェリーの不可解な判定と最後の緻密さに欠けるイラクの攻めに助けられてなんとか前半を終えるというありさまだった。
後半が始まったときには、事態はさらに悪化していた。日本は満足にボールをキープできず、カズやラモスはシーンから消え、次から次へと波状攻撃を繰り返すイラクに圧倒された。後半9分の同点はそうしたなかで生まれたものだった。
それからの十数分間は、今大会の日本にとって最も苦しい時間帯だった。イラクは右から左からセンタリングを入れ、たて続けにコーナーキックを奪って日本選手をゴール前にクギ付けにした。
日本がひと息ついたのは、21分にラモスが相手のパスをカットし、カズとのワンツーで突破を図ってから(オフサイド)だった。24分には、左サイドで勝矢が鮮やかなインターセプトを見せ、カズ、ラモスと渡り、ラモスの絶妙のスルーパスを中山が蹴りこんで2-1とした。
その後、落胆したイラクと活気づいた日本のプレーは逆転し、日本の勝利そしてワールドカップ初出場は確実かと思われた。最後の最後にあんなドンデン返しが待っていようとは、誰も予想しえないことだった。
サポーターは日本代表を認め、誇りとし、心から愛した。
勝ったらほめたたえ、負けたら敗因を語るのは簡単だ。しかし私たちは、ここでオフトの日本代表が築いたものをしっかりと見なければならない。
今大会では、カラフルな応援を展開する日本のサポーターも大きな話題となった。彼らはJリーグの各チームのサポーターの集合体のようなものだが、正確には逆で、日本代表のサポーターが各地に散ってJリーグ・チームのサポーターの中核になっているのだ。そしてこのサポーターを巨大な集団にしたのは、オフトの日本代表が見せた喜びに満ちたサッカーだった。
オフトの日本代表は、ラモスやカズというスター選手をかかえていただけではなかった。11人がすばらしい組織をつくって変化に富んだ攻撃的プレーを展開し、そのうえにラモスやカズの強烈な個性が生かされた。
サポーターたちの大半は、自らがプレーヤー、熱心なサッカーファンであり、ワールドカップや欧州、南米など世界のトップクラスのサッカーを熟知していた。その彼らが、ただ日本人だからというだけでなく、エキサイティングな攻撃的サッカーをするチームとして日本代表を認め、誇りとし、心から愛したのだ。
成功したときも失敗したときもあったが、イラク戦を除く4試合で、日本は攻勢をとり、積極的な姿勢で試合を展開した。このようなサッカーは、現在の世界サッカーでは、なかなか見られるものではない。ハンス・オフトと選手たちがつくったのは、そんなチームだった。私たちはこの点を見逃してはならない。