メディアウオッチングBACK NUMBER
芸術性の目覚めを支える、
22年の人生と濃厚な体験。
~小塚崇彦ファン必携の本が発売~
text by
吉井妙子Taeko Yoshii
photograph bySports Graphic Number
posted2012/01/21 08:00
『ステップ バイ ステップ』 小塚崇彦著 文藝春秋 1300円+税
フィギュアスケートはつくづく難しい競技だと思う。かつて、フィギュアスケートは芸術かスポーツかという議論が生まれたことがあったが、今やそんな二者択一には意味がない。高い技術を持った選手たちが多く現われ、大勢のファンを魅了するようになった。しかも、アスリート性と芸術性を融合した演技を、日本人選手に見られるのは、私たちにとってなんと贅沢なことか。
この競技の難しさを改めて知ったのは、トリノ五輪で日本人初の金メダルを獲得した荒川静香さんの一言だった。大会1カ月前にショートプログラム、フリーの曲を変えた彼女に、なぜ、そんな冒険をしたのか尋ねた。彼女は言った。
「旋律と身体の反応に微妙なずれを感じてしまったからです。ジャンプのフリップのときに、細かいリズムを身体が拾ってしまい、タイミングが微妙にずれる。技と音楽、そして自分の感覚が一体になれないもどかしさがありました。それで、急遽、変えることにしたんです」
正確な技術と裏腹に表現力が課題とされてきた小塚だが……。
荒川さんの言葉を聞きながら、バレエダンサーとして世界を席巻し、現在は舞台芸術家としても活躍する熊川哲也さんが、以前に語っていたこんな言葉を思い出した。
「演技をするときは、ドビュッシーやストラヴィンスキーがどんなバレエを想像して作曲したのかを想像する。その時代に思いを馳せ、彼らと対話する。この作業が徐々に深化していくと、ついチャイコフスキー先生に『くるみ割り人形』のこの旋律をこんな風に変えてとリクエストを出してしまいたくなるんです。今の僕なら、絶対にチャイコフスキーを説得する自信がある」
荒川さん、熊川さんの言葉はどちらも、自分の高い技と音楽、そして身体感覚を微細なまでに追求し、それらを一致させようとしたものだ。
昨シーズンの世界選手権で銀メダルを獲得するなど、今や国際大会で表彰台の常連にもなった小塚崇彦選手は、エッジを深く使ったステップやスケーティングなど正確な技術を持ちながら、表現力に問題があるとされてきた。確かに、髙橋大輔選手やパトリック・チャン選手の域に僅かに届かないのは、演技構成点が不足しているのが影響していた。
だが、本書を読み、そんな課題も間もなくクリアされていくと確信を持った。
今シーズン、フリーの演技に使用している「ファンタジア・フォー・ナウシカ」は自分で選んだもので、音を聞きながら楽譜上の音符を追っているうちに「あ、こんな風になっているんだ」と、音律の細部が分かるようになってきたという。そしてこう記述している。