EURO2008 最前線BACK NUMBER
最高の名手を襲った魔の刻。 ペトル・チェフ
text by
浅田真樹Masaki Asada
photograph byKazhito Yamada/KAZ Photography
posted2008/06/19 00:00
魔物はいろんなところに棲んでいる。ウィンブルドンにも、オーガスタにも、甲子園にも。恐らく、そう噂される場所は世界中にあるはずだ。
そして今回、棲息が確認されたのは、ジュネーブのスタッド・ドゥ・スイスである。
9日にスイス入りして以来、これまでにグループリーグ7試合をスタジアムで観戦取材した。試合自体の興味も然ることながら、やはり、選手一人ひとりの動きに目を奪われることが多い。
世界中から優秀な選手を集め、時間をかけて作り上げたチームの集大成、UEFAチャンピオンズリーグに比べると、どうしてもナショナルチームが戦うユーロは、組織という点の完成度で劣ってしまう。だがしかし、だからだろうか、選手個人のポテンシャルがはっきりと見える気がするのだ。
そうして試合を見進めるなかで、気になっていたのがチェコのGK、ペトル・チェフだった。風格というか、余裕というか、とにかくひとり次元が違ったのだ。
ハイボールやシュートに対する反応は言うまでもないのだが、何より驚かされたのが、1対1の対応。下手なGKほど慌てて先に動いてしまい、易々とゴールされてしまうものなのだが、チェフは簡単には動かず、ギリギリまで相手の動きを見ている。
だから、最終的なアウトプットは同じでも、他のGKに比べ、偶然性に頼る部分が極めて小さい。「止まった」ではなく、「止めた」。
ギリギリまで待てる間合いの取り方というか、見極めといったものは、これまでテレビで見ていても分からなかったものであり、実はかなりの衝撃を受けていた。
ポルトガル戦でデコに先制点を許した場面でも、すばやい反応からDFラインの裏へ飛び出してきたクリスティアーノ・ロナウドの突破を防いでいるし、さらに、そのこぼれ球を拾ったデコのシュートも一度は防いでいる。
負けてなお強し。
その思いを強くしていただけに、信じられない光景だった。
何でもないクロス。これまでチェフが経験してきた試合のなかで、何千、もしかすると何万にも及ぶクロスのなかでも、さして難しい部類に入らないであろうクロス。それを次元が違うとまで感じていた名手が、ポロリとこぼしてしまったのだ。魔物のせいにでもしなければ、説明がつかない。
しかも、チームは悲劇的な逆転負けを喫し、決勝トーナメント進出を逃した。
まさしく、サッカーは何が起こるか分からない。
私のなかで最もありえないはずだったことが起きた以上、この先、もはや何が起きても驚かない。優勝はクロアチアか、はたまたトルコか。