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リバプールの「らしさ」とバルサの「らしくなさ」。  

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田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

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posted2007/03/01 00:00

リバプールの「らしさ」とバルサの「らしくなさ」。 <Number Web> photograph by AFLO

 誰がこんな結果を予想しただろう。CL決勝トーナメント1回戦屈指の好カードは、1−2でリバプールがバルサに勝利。しかも1−0からの逆転である。CLではアウェーゴールのルールが適用されるため、リバプールはアンフィールドでのセカンドレグで、0−1で負けても8強に進めることになった。

 では、なぜこのような番狂わせが起きてしまったのか。たしかにバルサは問題を抱えていた。エトーの発言を巡って内紛が起きていたし、そのエトーは出場しなかった。

 だが不協和音はリバプールからも聞こえていた。バルサとの1戦を前にポルトガルで合宿を行った際には、ベラミーとリーセが大喧嘩。酒に酔った勢いも手伝って、ベラミーがゴルフクラブでリーセに殴りかかるという事件が起きている。ベラミーが同点弾を決めた後にゴルフのスウィングを真似してみせたのはこれを受けてのことだが、そのベラミーがリーセの決勝点までアシストしてしまうのだから面白い。

 「被害者」であるリーセは、次のように語っている。

 「僕たち二人が得点を決める運命になっていた、そう思うんだ。ベラミーも自分も厳しい立場に立たされていたけど、僕たちは事件をすぐに水に流したし、チームのために一生懸命にプレーした。彼の(ゴール後の)パフォーマンスは気にはならなかったよ」

 しかし普通に考えるならば、勝利を納めてしかるべきはバルサだったはずである。ホームアドバンテージは言わずもがな、選手個々の能力をとってみても分があったし、リバプールは理想的な状態にはなかったからだ。

 リバプールのベニテス監督は就任以来、スペインなどから選手を補強してきたが、彼が目指しているのは、現在のバルサや銀河系時代のレアルのような攻撃的スタイルというよりは、バレンシアやデポルティーボのように守備を固めてカウンターを狙うスタイルである。ところが今シーズンは、彼のサッカーを支える二つの要素、数少ないチャンスを確実に活かす攻撃力と相手にゴールを割らせない守備の堅さが、どちらも失われていた。

 まず攻撃面では、ベニテスはカイトやベラミーといった新たなFWを獲得している。だが彼らはスピードを活かして勝負するタイプで、バロシュのように前線で「ため」を作れる選手ではない。またキューウェルに続いて、ルイス・ガルシアのようなチャンスメイカーも故障。サイドMFのゴンサレスやペナントは経験不足で、ジェラードも守備的MFで起用されることが多かったため、チームの得点力不足は深刻になっていた。これはプレミアの4強の中で、得点数が最も少ないことからも明らかだ。

 攻撃陣にはクラウチというワイルドカードもいるが、彼の存在を過大評価するのは間違いだろう。ベニテスがイメージしているのは、カウンターといっても、中央からロングボールを当てるのではなく、左右を抉ってチャンスを作りだすパターンだ。事実、プレミアの試合では、クラウチが交代要員に回るケースも多々ある。

 本来ならば、このような攻撃力の低下を補うのがディフェンスということになるが、ベニテスはこの点でも問題を抱えていた。昨年までのリバプールは、何はなくとも守備だけは堅いチームだったが、選手の高齢化のために守備が弱体化。リバプールは、ベニテスの思惑とは裏腹に、攻撃でも守備でもこれといった強みのないチームになってしまっていた。

 にもかかわらずリバプールがバルサ相手に金星を挙げることができたのは、「自分たちがやるべきことを、きちんとやった」結果に尽きるといえる。

 攻撃力で圧倒的に上回る相手に対抗すべく、リバプールの選手たちはラインを極力コンパクトに保とうとしていた。しかし前半はマークが甘く、中盤のラインと守備陣のラインの間でバルサの選手を度々フリーにしている。14分のデコの先制点は、このような状況の中で決められたものだった。

 試合の流れは43分にベラミーがアウェーゴールを奪ったことで大きく変わるが、ベニテスは後半に向けてゲームプランを再確認。ラインを一層コンパクトにし、バイタルゾーンに侵入してくる相手は数的優位で潰し、そして「チャンスがあれば」カウンターを狙うという作戦を徹底した。たとえばロナウジーニョやメッシ、サビオラといった選手に対しては、ダブルチームどころか3、4人で取り囲み、攻撃の芽を摘むようにしている。えげつないといえばえげつないが、効果的だったことは否定できない。守備が堅くなったという点ではシソッコが故障から復帰してきたことも大きい。これでリバプールはシソッコが中央でスクリーンを張り、アロンソがパスを散らし、ジェラードとリーセが左右のサイドで縦突破を狙うという、本来の布陣に立ち返ることができた。

 さらにはバルサが最終ラインをどんどん上げてくることも、リバプールを利した。ともすれば伸びてしまうラインが自動的にコンパクトになり、カウンター攻撃をスタートさせる位置を極めて低く──場合によってはセンターライン付近に設定することができたからだ。こうなれば守備を固めたまま、ロングボールを使わずにチャンスが作れるようになる。そして生まれたのが後半29分のリーセの2点目だった。いずれにしても、あそこまでラインをコンパクトに保ったリバプールは、今シーズン見たことがない。おそらくベニテスにとっては、理想的な試合運びができたのではないだろうか。

 対するバルセロナは、あまりにも「らしく」なかった。アウェーゴールを許したことで浮足立ったのはわかるが、序盤と同じペースでプレーをしていれば遅かれ早かれチャンスは訪れたはずである。だがライカールトはモッタやシャビを下げてイニエスタやジュリーを入れ、チームのバランスを自ら崩したばかりか、選手たちも焦るあまり中盤を省略して長いボールを放り込むようになっていく。名GKバルデスがバックパスを手でつかみ、フリーキックを献上したシーンなどは象徴的だが、リバプールとは対照的に、バルサ側は明らかに自分たちのスタイルを見失って「自壊」した。

 試合後、記者会見場に姿を現したライカールトは、後悔と自責の念を強く滲ませていた。

「追加点を挙げるチャンスはあったのに、それを活かしきれなかった。我々は常に前向きにものを考えなければならないが、ここから巻き返すのは難しい。リバプールはホームではとても強いからだ。我々は自信を持ち、自分たちの力を信じなければならない」

 他方ベニテスは、いつものように冷静なコメントを出している。

「勝ち抜けるチャンスはかなり出てきたが、慎重な姿勢を崩してはいけない。バルサのカウンターは非常に危険だし、とても優秀な攻撃の選手が揃っている。我々は浮かれてはいけない。まだ何も決まったわけではないのだから」

 ベニテスのコメントは別段面白くもないが、彼の慎重な態度こそがリバプールの勝因だったことは言うまでもない。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という剣術の達人の言葉にある通り、今回の番狂わせは、大一番であればなるほど慎重になること──自分たち本来のスタイルを見失わないようにすること──が、いかに重要であるかを教えている。

スティーブン・ジェラード
バルセロナ
リバプール

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