Column from EnglandBACK NUMBER
トッテナムが本当にハッピーに
なれる日。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAction Images/AFLO
posted2008/11/19 00:00
去る9日の12節で、トッテナムが約2ヵ月ぶりに最下位を脱出した。先月25日に前監督のフアンデ・ラモスが解雇され、翌日からハリー・レドナップ(前ポーツマス)が指揮を執るようになると、直後の6試合(国内外カップ戦含む)で5勝1引分けと負け知らず。“ビッグ4”に次ぐ存在と見られていた本来の力を発揮し始めている。
開幕から勝星に見放されていたチームを蘇生させたのは、“アッピー・アリー(ハッピー・ハリー)”の愛称で親しまれるレドナップが、モチベーターとしての手腕を振るった成果に他ならない(ハリー・レドナップの生地東ロンドンでは、下町訛りで“Happy Harry”がアッピー・アリーと発音される)。10節アーセナル戦(4-4)と11節リバプール戦(2-1)では、ともに後半ロスタイムの劇的なゴールで奇跡のポイント連取。チームのマジカルな変わりように、レドナップを『ハリー・ポッター』ならぬ、「アリー・ポッター」と呼ぶファンまで現れた。監督交代を強行したダニエル・レビー会長は、「最初からハリーが監督だったら(最下位転落という)失態を演じることはなかった」とまで言い切っている。
だが、全てを「レドナップ・マジック」の一言で片付けてしまってよいのだろうか? 客観的な立場から眺めれば、自業自得で窮状を招いたレビー会長が、レドナップの前任者たちを犠牲にして自分の首を守ったとしか思えない。
レビーの会長就任は2001年2月。クラブを買収したENIC社では有能かつ勤勉な社長とされているが、フットボールクラブの会長としては遠く及第点に及ばない。レビーが舵を取るトッテナムの迷走ぶりは、7年間で5度の監督交代という事実が物語っている。しかも言動も矛盾だらけ。当初は「欧州進出が成功の証」と言いながら、2年連続でUEFAカップ出場を成し遂げたマルティン・ヨルを、昨季早々に解雇している。
更に上のレベル(CL)を目指すのに「役不足」だと判断したのであれば、なぜ後任のラモスが、戦力がダウンしたチームで戦わなければならないような状況を作り出したのか? 戦力ダウンの最たるものは、エースストライカーの不在という状況だ。レビーは、開幕後にトッテナムを去ったディミタル・ベルバトフ(現マンチェスターU)を「忠誠心がなくチームに悪影響を及ぼした」と非難したが、移籍を志願していたセンターFWの放出は、端から避けられない運命にあったはずである。しかも約22億円で購入した選手を約62億円で売り払ったのだから、クラブの経営にとっても選手補強という点でも決して悪い話ではない。にもかかわらず、レビーは最後の数億円にこだわって売却を市場最終日まで持ち越し、結局新しいFWの獲得を不可能にしてしまった。
またレドナップの起用は、レビーが「クラブ経営の新たな基本方針」として持ち込んだ大陸流のシステム(フットボールディレクターが選手補強を仕切るスタイル)が廃止されたことも意味する。トッテナムは今後、伝統的な英国流のシステム(監督がチーム作りの全権を握る方式)へUターンしていくはずだ。ちなみに今冬の移籍市場で、レドナップが即戦力の獲得に乗り出すことは必至と見られている。つまりレビーは、「選手を売らなければ補強のための予算は出さない」という前言も翻さなければならない。万が一、戦力が補強できずクラブが降格するようなことにでもなれば、レドナップは間違いなくクラブを去ってしまうのだから。
今のところトッテナムのファンは、“アリー・ポッター”の加入によってチームの調子が上向きになったと無邪気に喜んでいる。だがレビー会長の離任なくしてトットナムが本当に“アッピー”になれるとは、著者には到底思えない。