野球クロスロードBACK NUMBER
リストラ男の意地がある!
ソフトバンク・田上秀則の覚醒。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byShigeki Yamamoto
posted2009/08/10 12:10
なるほどなぁ――。8月9日の埼玉西武戦でつくづくそう感じた。福岡ソフトバンク・田上秀則のことである。
この試合で、城島健司を名捕手へと飛躍させた「育ての親」にして元バッテリーコーチの若菜嘉晴(現野球解説者)の言葉が理解できた。それはキャッチングだ。
「リードも大事ですけど、キャッチャーは左ピッチャーのボールをちゃんと取れないとプロでは生きていけないんですよ。右バッターに対してクロスしてくるボールとか、右ピッチャーと違ってミットの角度や腕の動かし方が微妙に変わってくる。城島が一人前になれたのも、キャッチングが上達したからなんです。当時は工藤(公康)がいたからね。あのカーブは取るのが難しいから、本人もそうとう鍛えられましたよ」
この日、先発した杉内俊哉は、あの落差の大きいカーブを象徴するように、タイプとしては工藤に近い。今の田上があるのは、この左腕エースのボールをしっかりと受けられるところにあるというのだ。
捕手としては城島以来となる2ケタHRをたたき出している田上。
今シーズン、ソフトバンクが安定した力を出せているのは、田上が正捕手として毎試合出場し続けていることが大きい。
彼が活躍すればするほど、城島に似ていると感じてしまうのは気のせいだろうか。この試合、田上は背中の痛みを耐えながら出場し、8回にはダメ押しとなるタイムリーを放っている。
「城島もね、少々どこか痛くても試合に出るんですよ。常にマスクを被っていればほかの選手からも信頼される。これは大事なことですよ」
若菜は言う。やはり、田上は城島と似ている。
今年の田上は、3年前に使用していた88cmを超える“長尺バット”を再び持ち出し、振り子のように左足で反動をつけ、遠心力で豪快にバットを振り抜きアーチを量産。8月9日時点で15本塁打。チームの捕手では城島以来となる2ケタである。
数年前まで打撃力を生かすために三塁コンバートも検討され、DHでの出場も多かった田上だが、今では必要不可欠な扇の要であり、一発のある“恐怖の下位打者”だ。
強烈なハングリー精神が田上を地獄から這い上がらせた。
若菜の言葉を借りるならば、ここに「城島の教訓」があるのだと感じた。
「王(貞治)監督も城島を一塁や三塁、DHにコンバートさせようと言ってきた時期もありましたが、それでは『打てるキャッチャー』は育たないんですよ。バッティングがいいキャッチャーは、守備で周りから酷評されると野手転向という逃げ道を作りたくなるものなんです。だから最初のうちは、打撃と守備の両方に結果を求めすぎるのもよくない」
コーチ陣の強い説得もあり、王監督は城島を捕手として起用し続け球界を代表する選手へと成長させた。田上も現在、バッテリーコーチの的山哲也に守備面で怒られることが多い、と言うが、ポジションを固定させていることが、打撃向上にも繋がっているのだろう。
そして、忘れてはいけないのが、田上が持つハングリー精神だ。
彼は一度、クビになっているのだ。