MLB Column from WestBACK NUMBER
続・斎藤隆インタビュー
「ドジャースの幸せな1年」
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byKoji Asakura
posted2006/10/24 00:00
先日、2006年シーズンを終えたドジャース・斎藤隆投手から改めて話を聞く機会を得た。そこで今回は、19日発売のNumber本誌に掲載されたインタビューに続き、シーズン完結編を以下にまとめてみた。
シーズンが終わってから何にもしていない感じです。ちょっと片づけを始めたことと、取材やトレーニングの打ち合わせをしたぐらいです。それでも2、3週間先までしか決まってないです。あとはできるだけ野球から離れようと、ひたすら休んでました。
シーズンが終わった翌日から、自分があまりに疲れていたことにビックリしました(笑)。もともと眠らないとダメな人間なんですが、とにかく眠くて……。起きてご飯を食べても眠いし、車を運転していても眠い。そして夕ご飯を食べた後もまた眠くなる。今も少し続いています。身体が「寝てくれ!」と睡眠を求めているんですね。横浜時代にこんな状態になったことはなかったですね。
シーズンを終えて感じることは、長かったなということですね。単純にメジャーの試合数が多いこともありますし、幸運にもプレーオフにも進めました。それと去年の8月にケガから復帰してからプレーをし続けて、そのオフにトライアウトを受ける可能性もあったのでパフォーマンスはある程度のところまで維持してくれと言われていたので、感覚としてはずっと1年半ちかくやってきたような雰囲気がしているんです。
今シーズンは自分なりに目標を達成できたという満足感はあります。この1年間は横浜で経験した14年間が、新人から始まってチームのリーダーとしての年齢になるまでに築き上げたものが、この1年間に凝縮されているような思いがします。最初は何のプレッシャーもなく自分の力を試すためだけにアメリカに来ました。それから運良くメジャーのキャンプに参加させてもらい、さらに幸運にも最初のコールアップが僕でした。そしてチームの勝ち負け関係なしに楽しんで投げている一方でいつマイナーに落ちるかわからないという不安もあった。まさにプロに入り立ての頃の自分がいたという感じでした。それが最後はチームの勝ち負けを左右するポジションまで来てしまった。まさに日本で味わった14年間の流れがこの1年間にありましたね。
最後の1カ月間、登板数にして15試合ぐらいですが、マウンドでのプレッシャーは今までなかったものでした。クローザーという特別な役割を任されたこと、なおかつドジャースという伝統ある球団だったこともあり、自分でも口にするのが怖かったくらいです。たくさん言いたいことはあったんですけど、(報道陣の前では)敢えてスタイルを変えずにいきました。そうしないと自分がダメになりそうな気がしていたんです。最後まで「このままいこう」と、自分に言い聞かせながらやってましたね。