MLB Column from USABACK NUMBER
ヤンキース再建戦略のポイント:投手陣強化とA−ロッドの処遇
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2006/10/20 00:00
ヤンキースが、地区決定シリーズ1勝3敗と、あえなく敗退した。これで、ワールドシリーズ優勝から遠ざかること6年、この間、ヤンキースは、年俸・「ぜいたく税」を合わせると、総額10億ドルを超える莫大な金額を投じてきただけに、地区決定シリーズ敗退直後、ニューヨーク・メディアの間でトーリ監督解任論が吹き出したのも当然の成り行きだった。
結果としてトーリは続投することが決まったものの、続投決定後も、たとえば、ヤンキース専属アナウンサー、マイケル・ケイが、スポーツ専門テレビ、ESPNの討論番組で「解任すべきだった」と熱弁をふるうなど、トーリに対する批判はまだ完全には収束していない。「ヤンキース監督の任務はワールドシリーズで優勝すること。任務が果たせるようにと、オーナーは莫大な金額を使ってオールスターをかき集めた『史上最強』チームを編成してきたのに、6年間任務を果たせないできたのだから解任されて当然」というのが、トーリ解任論者の主張だが、ここ6年間の敗退の原因はチーム作りの戦略を誤ってきたことにあるだけに、トーリだけを責めるのは酷というものだろう。
「戦略の誤り」と書いたが、前回も論じたように、「ポストシーズンの勝ち負けを決めるのは、打力ではなく、投手力と守備力」であることは、歴史上何度もその正しさが証明されてきた「真理」である。今回にしても、「史上最強」が謳い文句だったヤンキースの強打戦を、メジャー一の防御率を誇るタイガース投手陣が完璧に押さえ込み、この「真理」の正しさが改めて証明されたと言ってよい。
しかも、ヤンキースの場合、1998年以降、圧倒的な投手力でワールドシリーズ3連覇を達成したばかりである。にもかかわらず、この6年間、この「真理」を無視、「スーパースターで強力打線を組めば、投手力はそこそこでよい」と、打線の強化に焦点を絞ってチーム編成を進めてきた。ジアンビ、A−ロッド、シェフィールド、松井(秀)、デーモン、アブレイユーと、スター打者を集めることを何よりも優先してきたのである。
しかし、さすがに「6年連続敗退」という厳然たる結果を前にして、これまでの戦略の誤りは否定しようがなくなってしまった。打力よりも投手力の強化へと、戦略を大転換することが避け得なくなっているのである。
では、どうやって、投手陣を再編成するかだが、方法は、(1)自前で育てる、(2)FAでスター投手を獲得する、(3)トレードで獲得する、の3つしかない。
(1)自前の投手育成
いま、一番期待されているのは、フィリップ・ヒューズ(20歳)だ。今季5月に2Aトレントン・サンダーに昇格、10勝3敗、防御率2.25、奪三振率 10.7(9イニング当たり)と、申し分のない成績を残した。今季シーズン中のトレード交渉で、必ずといっていいほど相手チームが交換相手に指名した選手だが、キャッシュマンGMは、「ヒューズだけは出せない」と、拒否し続けた。順調にいけば、来季中にはメジャーに昇格すると期待されている。
(2)FAでの投手獲得
今オフ、FAとなる予定の投手のうち、「ビッグネーム」と言っていいのは、アスレチクスのバリー・ジートー(28歳)と、ジャイアンツのジェイソン・シュミット(33歳)の2人しかいない。また、今季で契約が切れるムッシーナの再獲得も焦点となるが、契約1年延長のオプション(1700万ドル)を行使するのではなく、一度契約解除金(150万ドル)を払った上で、再契約の「値引き交渉」に入ると予測されている。
さらに、厳密にいうとFAではないが、上記3人のFAよりもヤンキースが獲得に力を入れているのが松坂大輔だ。ポスティングで交渉権を獲得するために2000万ドルを超える金額を用意したと噂されている。
(3)トレードによる獲得
長期的展望を考えた場合、FAでベテランを獲得するよりも、「大リーグで通用することが証明済みの若手」を獲得する方がはるかに理にかなっている。しかし、有望若手投手が欲しいのはどこのチームも変わらないし、獲得を実現するためには、相応の交換相手を用意しなければならない。そこで、いま、「一番強力なトレード要員」と話題になっているのがA−ロッドだ。
A−ロッドは、ここ2年、ポストシーズンで通算26打数3安打と不振を極め、「肝心な時には打てない」というイメージが定着してしまっただけに、ファンも放出を受け入れる用意ができている(ESPNの調査によると、10月17日時点で、「来季はヤンキース以外でプレーする」と答えたファンが55%を占めている)。さらに、ヤンキース首脳陣がどれだけA−ロッドに期待していないかは、地区決定シリーズ最終戦で8番に落とされた一事にも象徴されている。現時点では、キャッシュマンGMもA−ロッドもトレードの可能性を否定しているが、交換相手次第では、ワールドシリーズ終了後、あっという間にトレードが決まる可能性もあるのである。
ところで、いま、投手陣補強の「奇策」として噂されているのが、今季で契約が切れるシェフィールドをトレード要員とする作戦だ。シーズン途中のアブレイユー獲得で右翼手が余ったこともあり、ヤンキースは、本来なら、シェフィールドと再契約する意向はないとされている。では、なぜ、1300万ドルも払って本当は欲しくない選手の契約延長オプションを行使するかというと、1)ライバルのレッドソックスに行かれることを阻止(レッドソックスは右翼手のトロット・ニクソンとの契約が終了するため、強打の右翼手獲得を目指している)した上で、2)年俸の何割かを負担する「ディスカウント」付きでシェフィールドを売りに出し、若手有望投手と交換するという、「一石二鳥」をねらっているというのである。